11月1日
 
10月28日から浅草の「平成中村座」で「法界坊」の稽古が始まりました。ここは私の家から約2キロ、自転車で15分で行くことが出来ます。長唄や芝居にも沢山出てくる待乳山聖天の向い側、山谷堀の今戸橋(江戸時代、吉原への舟が通った山谷堀は今は暗渠となっていて欄干だけ残っています)の所に広場があります。

 この広場は今までは愛犬家の方が犬を遊ばせている所で、私も通りかかるとよく他所様の犬と遊んでいましたが、その広場に茶色のテント小屋を建ててしまったのです。
 家から行くと、玉ノ井いろは通り(玉ノ井の名が残っているところは数少ないです)を通って墨堤通りに出て白髭橋たもとの「リバーサイド隅田」という大きなビルの横から土手の上の道に入りあとは桜橋まで一直線、桜橋を渡って左の方に坂を下りると「平成中村座」に着きます。
 昨日は用足しがあったので別ルート、水戸街道をずっと行きました。向島3丁目の信号を右折するとそこは向島の花柳界。料亭の看板のかかる路地を抜けて土手に上がると桜橋で、ちょっと右に行けば長命寺の桜もち、言問団子。左に行くと芝居の舞台に沢山登場する「三囲神社」の鳥居が見えます。この界隈は自転車に乗ってフラフラ走っているとどこも芝居っ気たっぷり、粋で本当にいい気持ちになります。
 大喜利「双面」の書割りは向島から待乳山聖天、山谷堀にかかる今戸橋を眺めた図ですが、その今戸橋のたもと、ちょうど今の「平成中村座」の建っているあたりに小さく中村座が書いてあります。実際に猿若町は「平成中村座」から浅草方面に歩いて言問通りの交差点の右の方ですから、この絵はだいたい合っているんだよね、と勘九郎さんがおっしゃっていました。

今日は舞台稽古です。

平成中村座・噂のお大尽席に座ってしまいました

11月17日
 
すっかり間が空いちゃいまして、どうもすみません。
平成中村座の「法界坊」、折り返し地点を過ぎましたが連日大賑わい。役者衆のテンションは初日以来上がりっぱなしで下がることなく、舞台の上では何が起こるかわからないといった感じです。
 特に亀蔵さん演ずる番頭正八の怪演は毎日見ていても笑っちゃいます。誰もいなくなった座敷で正八がおくみさん(扇雀さん)に迫る場面がありますが、この時になると勘九郎さん、弥十郎さん、勘太郎さん、獅童さん、皆黒御簾に集まり今日はどんなことをやるのか楽しみにしているような感じ。黒御簾の中で私達も含めて皆、舞台を見ながら普通の声でゲラゲラ笑っていますから客席に聞こえているかもしれません。このあとにすぐ合方を弾くきっかけが来ますので、一緒に笑っているとを落としそうで危ないのです。最近亀蔵さんの演技が連日変化していますので(異常人格度が上がってきて実に面白い)相手の扇雀さんもしょっちゅう笑っちゃっています。勘九郎さんは「あいつ、このまま何か変なものに変身しちゃいそうだね」と連日大笑い。
 今日は渡辺えり子さん、関根勤さん、しかま君、大和田獏さん、波野久里子さんが客席にいらっしゃたので勘九郎さんはいつになくヒートアップ!芝居が脱線しだすとどこにどう戻ってくるのか予想がつかない感じで、三味線を弾いている間はきっかけがどうなってしまうのかちょっと冷や冷やします。
 
 先日「明石屋マンション物語」で「××(ダメダメ)ボーイズ」が終演後の中村座を訪れて勘九郎さんたちと大騒ぎをした模様が放送されましたが、次の日から「双面」の前の休憩で四天の格好の弥十郎さんや亀蔵さんたちが客席に出てくるところで「ダメダメ音頭」を三味線で弾くことになりました。「××(ダメダメ)ボーイズ」の向こうを張って弥十郎さんたちは「○○(マルマル)ボーイズ」。一日の仕事の最後に弾くのが「チチテチチン(あ、よいしょ)チチテチチン」とはちょいと情けない。

今日はこの秋一番の冷え込み、黒御簾は寒かったです。

銀杏もすっかり色づき、秋深し
待乳山聖天にて

11月24日
 
どうもこの1週間、パソコン(PowerBook2400)の具合が悪くてフリーズ、クラッシュの連続。そこに来てちょっと前から暗くなったなあと感じていたディスプレイが、いっそう暗くなってどうにも見にくくなったので、昨日秋葉原のクイックガレージに行って見てもらうと液晶が寿命だというので交換してもらいました。
 単価が12万円くらいする液晶ですが、私はアップルコンピューターの「アップルケア」という保険に入っているので無償交換。
すごく得した気分です。ディスプレイも「こんなに明るかったの!」というくらい気持ち良く見えるようになりました。
 うちに帰ってきてからついでにトラブル続きのシステムも入れ直しちゃうか、とバックアップをとって初期化、インストールに取り掛かり、今まで使っていた状態に戻していったのですがここで大アクシデント。メールのバックアップが取れていなくて今年になって頂いたメールがすべて消えてしまったのです。これにはちょっとショックでしばし呆然。まだ返事を書いてないものもたくさんありましたので、本当に参ったなあという状態です。幸いアドレス帳のデータだけは大丈夫でした。
 
 平成中村座は残すところあと3日となりましたが舞台の上は相変わらず大騒ぎ。
 宮本座敷の場で要助(福助さん)が持っている「鯉魚の一軸」の箱の中身を法界坊(勘九郎さん)が入れ替え、そのあと勘十郎(十蔵さん)がまた入れ替える件がありますが、最近、初めに中身を入れ替える勘九郎さんが箱の紐を結ぶときに思いっきり4回くらい堅結びに結んじゃうのです。あとに出てきた十蔵さんがそれをほどくときが一苦労で「何だこりゃ、ほどけないぞ」というお芝居をしていますが、実際にはかなり大変。黒御簾では引っ込んできた勘九郎さんがそれを見て「ク、ク、ク」「ガハハハハ」なんて笑っています。日によってはなかなかほどけなくて時間がかかってしまい、前では要助(福助さん)とおくみ(扇雀さん)が痴話げんかをやっていますが、福助さんが後ろの十蔵さんの様子で話をつなげたりしてまわりも臨機応変。今日は特になかなかほどけなくて、さすがに勘九郎さんも心配になり「はさみで切っちゃえ」と黒御簾から声をかけていました。(十蔵さんもどうにもほどけない時のためハサミを持っていらっしゃるそうです)
 番頭正八がおくみに迫る場面の亀蔵さんの芝居もだんだん凄まじくなってきましてこの頃はすっかりエクソシスト状態。何か変なものに取りつかれて人格が変わってしまった様相を呈してきまして、黒御簾内では連日大爆笑!舞台に出ていない役者さんは毎日この時間を楽しみにしているみたいです。
「三囲社の場」で正八(亀蔵さん)が「水も汲みましょう、土鍋も提げましょう‥」と変な歌を歌い踊るところで黒御簾の前に中村仲太郎さんが黒子の格好で出てウグイス笛を吹きます。「ホトトギス〜」というところで「ホーホケキョ」とやるのですが、この頃吹き終わったあと亀蔵さんの方にヌッと一歩踏み出し「何か文句あるか」という感じで睨みつけながら(ガンを飛ばしている)引っ込んでいくのが可笑しくて、これは内輪で大変ウケています。
このぶんで行くと千秋楽はどんな展開になるのでしょうか。

 来月は京都に行きます。今朝になってあまり日にちがないことに気付き、いきなり荷造りを始めました。家の中はとたんに夜逃げの準備のような状態になりまして、取りあえず衣類や思いついたものを放り込んでまとめました。スーツケース1つに段ボール箱2個を宅急便に取りに来てもらって一息つきましたが、あともう2つくらい出すことになりそうです。しかしこんなに送ってホテルで広げられるのかなぁ。

11月26日
 
平成中村座は千穐楽。
コクーンの時のように千穐楽特別バージョンがあるかと思ったら芝居の方はいつもと変わらず。しかし舞台に行ってびっくりしたのが黒御簾の前にお客さんが座っていたことです。
 この舞台の席「羅漢」と呼ばれるそうですが古くは錦絵にもあったり昔からあったものだそうです。上手に二人、下手に四人のお客さま、舞台に座って目と鼻の先で芝居が観られるということで幕が閉まっている間はリラックスしていらっしゃいましたが幕が明くと役者同様お客さんの目にも晒されるわけですから、急にかしこまって固まっちゃっていました。
「双面」の時は黒御簾の前も上手も山台がくるので普通の席に戻ったのかなと思ったら、何と山台の前に座布団がひいてありました。位置的にも結構舞台の中に出ますし照明は強いし、この状態での観劇は大変だったのではないでしょうか。
 長唄の用事は二時半頃終わり(平成中村座、締めの三味線はダメダメ音頭)、荷物を片づけて歌舞伎座へ顔見世の荷物を作りに行きました。歌舞伎座の楽屋口には京都行きの荷物が山積み、すごい量です。丁度「二月堂」の稽古が終わったところだったようで、楽屋口の前を仁左衛門さんが歩いていらっしゃいました。

明日は京都行きです。

11月27日
 
今日、京都にやって来ました。稽古が終わったのは夜8時頃でしたが、気温は14度と暖かくちょっと小雨模様。平成11年9月の「小笠原騒動」以来ですが、三条通りにスターバックス、ホテルの前にはコンビニが出来たり、歩いていてずいぶん景色が変わった感じがしました。
 今回は電気釜を持ってきました。明日からはホテルでご飯を炊いて食事、おかずを何にしようか毎日楽しくなりそうですが、錦市場で焼き魚かなんか買っていると結構高い食事になってしまうのですね。今月はつつましく行こう。


ソムリエのグンちゃんでーす

12月6日
 
昨日(5日)、病気療養中の嵐徳三郎さんが亡くなられたという悲しい知らせがありました。

 すごいエネルギーと独特な雰囲気を放っている役者さんで、私もファンでした。「小さん金五郎」のおつる、中座の夏芝居での「伊勢音頭」の万野、一昨年の「小笠原騒動」など存在感があってとても印象に残っています。歌舞伎の舞台はもちろんですが、私が好きだったのは「王女メディア」の徳三郎さん。
 以前、衛星放送の「80年代演劇大全集」という番組で徳三郎さんの「王女メディア」を見て「むむむ!!!」という感じになり、その後すぐに生の舞台を見る機会に恵まれ、蜷川さんの演出に徳三郎さんの迫力、それはとても素晴らしいものでした。

 今(6日0時半頃です)ホテルで「王女メディア」のビデオを見ながらこれを書いています。何度見てもあの口から赤いリボンを出すところは何とも言い表せない感動、衝撃があって、生の舞台でもっと見たかったですね。今晩は徳三郎さんのご冥福をお祈りしつつ「王女メディア」を鑑賞します。このビデオの最後、アンコールで徳三郎さんが花束を抱いて正面の扉に入る前に一瞬客席を振り返るのですが、その微笑んだお顔がとてもきれいです。
 それにしても京都に来る前、慌ただしく荷造りした中にどうしてこのビデオが入っていたのか何だか不思議ですね。

12月13日
 
今日、南座は中日。
こちらに来てからずっと暖かい日が続いていて「何だか顔見世に来た気がしないね」と楽屋で話していたのですが、2、3日前から急に冷え込みまして今までとは一味違う寒さ。やっと京都の師走らしくなってきました。
 毎日午前中はホテルの部屋の掃除をしてもらうため、お昼くらいまでぶらぶら歩いていますが毎日のように立ち寄るのが本屋。四条通り、河原町通りには「丸善」「ブックファースト」「ジュンク堂」と大きな本屋が3つありますのでかなり時間つぶしになります。
 眺めていると読みたい本がたくさんあって、さいとうたかをデビュー45周年&「ゴルゴ13」400話掲載記念のビッグコミック特別編集、「ゴルゴ13」のオフィシャルブック「ゴルゴ学」
「ぼっけいきょうてい」(これは本当に怖いお話です)で日本ホラー小説大賞と山本周五郎賞を受賞した岩井志麻子さん「岡山女」。今年映画化された「ボーンコレクター」ジェフリー・ディーバーの新作「コフィン・ダンサー」馳星周「雪月夜」、井上夢人「オルファクト・グラム」他にも気になる読みたい本がいろいろ並んでいます。今一番楽しみなのは「検屍官」シリーズのパトリシア・コーンウェルの新作「The Last Precinct(邦題?)」で、この人の本は毎年12月中旬に出版されますのでもうじき出るのではないのでしょうか。今までの10作品、どれも読みごたえがあって買ったその日に読み通してしまうほど面白く、今回もとても待ち遠しいです。「下町酒場巡礼」の続編も出たみたいだし、どれも早く読みたいなぁ。

 今月の「籠釣瓶」でもつなぎの騒ぎで替え唄をいろいろやっていますが、今日「顔のあばたも霞んで見える、役者一番中村屋ぁ」と唄ったら黒御簾の前で次郎左衛門さんがニコニコしながら踊っていました。

12月16日
 
ホームページに「掲示板」というのがありますね。
以前から何だか面白そうだなぁと思っていたのですが、私のプロバイダーの旧infowebでは掲示板は用意されていなくて、niftyと統合したあとの@niftyで用意している掲示板が使えるかと思ったらこれは純粋にniftyの人しか使えない。自作CGIなんていうのはよくわからないし、それじゃぁ仕様がないかと思っていたら先日雑誌で「無料掲示板」なるものを発見。
 いくつかその関係のHPが出ていましたが「teacup」というHPのものが簡単そうなので、昨晩試しに説明にしたがってやっていたらこれがポコッとすぐに出来てしまったのです。もう途中にして今日は寝ようかな、と思っていたときに出来上がってしまったもので、「何だいこりゃ!こんな予定じゃなかったぞい」と再びページミル(HP作成ソフト)をひらき作業を始めたのが深夜の1時半過ぎ。一度片づけた電話のコードをつないでアップロードを済ませ動作を確かめて掲示板を開いてみると「おお!」それらしくなっていました。
 突然の「出来ちゃった掲示板」ですが、今日1日でたくさん書き込みをいただいて嬉しかったです。

12月19日
 
今日は午前中最後の洗濯に出かけました。今月は今まで2,3日寒くなっただけであとは暖かかったですが、外に出ると輪をかけて「何だこりゃ」という暖かさ。ホテルに帰ってきて天気予報を見ると日中16度くらいで11月下旬の陽気だそうでますますへんてこになってきましたね。
 こちらに来てから「変な陽気だ」「顔見世らしくない」「あの底冷えはどこに行った」とか文句を言っていますが、元日の九十九里浜が近づくにつれて当日の事を考えると暖かいに越したことはないなぁと最近切に願っております。スタッフの方が中日頃に下見に行ったところ朝6時頃、無風状態でマイナス2度だったそうでそれを聞いてから楽屋では真剣に防寒対策を検討し始めました。
 体の方は着込めば大丈夫と思いますが顔とか手はどのくらい冷たくなるのか想像がつきません。体の心配と同時に楽器についても悩むところで、海風の当たる海岸で三味線がどういう状態になるのか、予想されるのは「風が当たって皮が裂ける」「楽器全体が湿気でペトペト、棹は滑らない、皮は滅る」三味線は湿気を嫌う楽器ですから良いことは一つもないのです。今までも舞台で水を使ったりスモークをたいたり、先月の平成中村座もそうですが湿気の多いところで弾くことは度々ありましたが、「屋外、海岸、真冬」という条件は初めてです。

12月22日
 
相変わらず午前中は書店と中古カメラ屋とパソコン屋を徘徊する毎日を送っておりますが、昨日10時に開店したばかり河原町の丸善に入ると一階の新刊コーナーでは並べ替えの真っ最中。山のよう詰まれた新刊ハードカバーを店員さんが棚にどんどん並べているのですが「次はこれ」といって手に取ったのが「吉右衛門のパレット」。
 女性の店員さん二人で楽しそうにキャーキャー言いながら並べる場所を決めていまして果たして播磨屋さんの本はどこへ、と面白そうなのでしばらく見ていましたが他の本ともいろいろ取っ換え引っ換え並べるうち「やっぱりここでしょ」と一人の店員さんが最上段の真ん中に置きました。「やっぱりここでしょ」といって最上段のど真ん中ですから播磨屋さんのファンなのかな?
新刊コーナーが落ち着いたのを待って私も買って参りました。
 深夜1時頃ベッドに潜り込んで眠くなるまでちょっとだけ・・というつもりで読み始めたのですが、播磨屋さんと阿川佐和子さんお二人のざっくばらんな対談が楽しく面白くそのまま一気に読み通してしまいました。
 中に稲越功一さんの写真がたくさん載っていますが、金丸座での写真が素敵ですね。巴御前の悲哀、義仲の霊の凄絶さ、舞台の上の諸々のものがモノクロのざらっとした粗い粒子のプリントに凝縮されているようで気に入っちゃいました。
 そこにあるがままの自然光で撮る写真というのに一時凝ったことがあって、ライカM4に35mmf1.4ズミルックスという明るいレンズをつけて開放絞りの手持ちぎりぎり超低速シャッターという状態でずいぶん撮りました。
ぼんやりした照明の金丸座や鏡台の脇に白熱電球が灯っている役者さんの楽屋など柔らかい光の状況というのは良い雰囲気がありますね。私もそういうところで写真撮ってみたいなぁ。

さあ千穐楽まであと4日です。

12月24日
 
昨日から家内が遊びに来まして昼間はあちこちぶらぶら、久しぶりに四条河原町を中心に半径200メートル圏から外に出ました。今日はお天気も良かったので比叡山に行きました。比叡山に行くのはずいぶん久しぶりで10年ぶりくらいです。
 前に行ったときは市内は快晴。こりゃ観光日和と楽屋を出て(この月は仕事が昼過ぎで終わりでした)八瀬まで行って比叡山山頂行きのケーブルカーに乗りました。ケーブルカーの中に何故かスキー板を持っている人がいて、この人はいったい何をしに行くんだろ?と山頂駅に着くと辺り一面雪が積もっています。あとでこの展望台のちょっと下にはスキー場があるということがわかりましたが、この時は想像もつきませんでした。
 案内によると展望台から延暦寺への連絡バスは冬期は運転休止なので遊歩道を歩けば徒歩30分で着くとのこと。それじゃあ、とその延暦寺への遊歩道の入り口に行くとこれは遊歩道という整備されたものではなく山道で完全に雪に埋もれています。雪の上には一つも踏んだ跡が無いので今日は誰も歩いていないということで「大丈夫かいな?」と思いましたがその時は「ここは一つ話の種に」と歩き始めました。
 雪をざくざく踏みながらあたりを見ると完全に雪山、「おお見事な景色じゃ!!」なーんて感心していたのはつかの間で道を進むにつれ少し不安になってきました。前方には何となく道らしき窪みがあるだけで銀世界、途中木が鬱蒼としているところは雪が少なく道が見えているので安心ですが空がひらけているところになると50センチくらい雪が積もっていますから一歩一歩探りながら歩くような状態。
 さほど標高のない比叡山ですがやはり山の天気で雲の動きは速く、日が射していたかと思うと急に曇って暗くなり気温が下がる、といった状態。こんなところで道に迷ったら本当に遭難ですから道標を確かめながらとにかく早く歩き20分くらいすると下から登ってくる人ともすれ違ったりして一安心。登ってくる人は山の様子がわかっているのでしょう。皆本格的な登山の格好をしていました。30分ほど歩いてようやく延暦寺に到着。すっかり凍えてしまって、いやー、しかし心細かった。
 今考えるとずいぶん危ないことをしたなぁと思います。苦労してたどり着いて初めて見た根本中堂はすごい迫力でした。

 10年前はこんなだった、と家内と話しながらやってきた比叡山、今日は天気も良いし今までの暖かさでさすがに雪はありませんでしたが、山頂はかなり寒かったです。10年前おっかなびっくり歩いた雪の道は、成程こんな道だったのかと初めて様子がわかりました。帰りは琵琶湖側、坂本に降りて浜大津から三条に戻ってきました。

 今日はクリスマスイブ。南座終演後友人Bさん、Mさん御一行と石塀小路のお店で賑やかに過ごしました。上の写真「ソムリエのグンちゃん」はMさんちのワンちゃんです。途中女性の三人連れが入ってきて、その内の一人が「あ、見たことある人だ」と思ったら女優の杉田かおるさんでした。

酔っぱらいつつ楽しく夜は更けて、顔見世もあと2日。もうちょいとです。

12月26日
 
クリスマスイブあたりから本格的に冷え込みまして「おー、顔見世だ!」といった感じになり、今日は朝から小雪混じりの寒い千穐楽となりました。
 昼間は部屋の片づけをやっていましたが、行きはスーツケース1つに段ボール箱3つだったのに帰りは段ボール箱が6個に増えました。昨日帰った家内の荷物もありますので増えるのは当たり前なのですが、倍に増えるとは思いませんでした。もう1つ三味線の入ったジュラルミンのトランクとスーツケースで都合8個の荷物、宅急便代が大変だぁ。
 今月は終演が9時半で最終の新幹線に間に合わないので、明日の朝始発の「のぞみ」で帰京します。

12月27日
 
始発の「のぞみ」に乗るのにホテルを5時50分頃出ましたがあたりはまだ真っ暗。京都駅のホームの上は寒くて「ひゃー」と震え上がっていましたが、元旦の朝はこれより寒いところで三味線を弾くのだなぁと思ったら急に憂鬱になりました。
 9時半頃家に帰り一休みして、今日から浅草公会堂の稽古があるのでお昼過ぎに歌舞伎座地下の松竹稽古場へ。お正月の浅草公会堂はとにかく顔触れが若くて新鮮。指導に勘九郎さん、福助さん、橋之助さんがみえて熱心にお稽古していらっしゃいました。
 いつになったら出るのだろうと待ちに待ったパトリシア・コーンウェルの新作「審問」がやっと書店に並びました。早速購入、今度は上下巻の大長編です。これでやっと本屋に日参しなくてすみます。 

あまり寝ていないのでとにかく眠い1日でした。

12月29日
 
今日、年内の稽古がすべて終わりました。いつもですとこれで3日間お休みですからのんびり出来るのですが、例のXデイが近づいて来まして防寒対策やら三味線のことやら考えることがたくさんあって落ち着きません。
 午後から買い物に出かけ冬山登山用の下着を買ってきました。これも一度全部着込んでみてシュミレーションをしてみないとどんな加減だかわからないので明日にでもやってみようと思います。しかしこんなに下に着て紋付着られるのでしょうか。

12月30日
 
午前中、防寒のシュミレーション。
極地用のノースフェイスの下着は薄いですが着るとほんわか暖かくてなかなかいい感じ。それに京都のGAP(阪急地下の)で安売りしていたフリースのセーターを着て着物で作った厚手の半襦袢を着て袷の紋付きを着たらモコモコで身動きが取れなくなりました。帯は締めにくいし上半身だけ妙に肥大してドリフのお相撲さんか出来損ないの濡髪長五郎のようで家内はうしろでケタケタ笑っているし、いったいあたしは何をやってんでしょうか。どうも重苦しいので紋付きを単衣にしてみると少し軽くなってその状態でしばらくベランダに出てみました。しかしまあ暮の押し迫ったときに紋付きを着てマンションのベランダに立っている男。うーん、シュールだ!
 今の気温では十分暖かいのですが本番は氷点下になろうという温度、何か不安なので湯島の天神下の「ダマール」に行きました。「ダマール」は通販のカタログによく出ているイギリス製の肌着メーカーで、実物を触ってみると気持ちいい感触で暖かいのです。「レベル5・5℃以下用」というシャツを買ってきました。これで大丈夫かなぁ?

夜は8時から藤間宗家のお稽古場で九十九里浜のお稽古。今度の連獅子は三人立ちなのでいつもと多少勝手が違います。
勘九郎さんも「みんなとにかく暖かく着込んで風邪引かないでね」

本当にどうなるのやら。 Xデイがいよいよやって来ましたよ!

12月31日
 
さあいよいよやって参りました、九十九里浜。
今日は午後6時45分の特急で成東行きということで昼間何だかんだ用事をしていたら3時を回ってしまい、我が家の締めくくりの大切な行事、並木の薮にお蕎麦食べに行けませんでした。残念!

 銚子行きの特急しおさいは帰省のお客さんでほとんど満員状態で東京駅を出発。
1時間10分で成東駅に到着、ぞろぞろ降りてくるのは明日の晴れ舞台に選ばれた長唄さん、お囃子さん連中。改札を出ると雨が降っていましてどうも先行き不安な感じ、お迎えのバスに乗り今日夜明かしをする民宿へ向かいます。駅から海岸までは約9キロあるそうでバスで20分くらいかかりました
 ひと休みして9時から連獅子の録音、というのは演奏中に雨やトラブルで楽器が演奏不能の状態になったときのことを考えて念のためテープを録っておいた方が良いんじゃないかという勘九郎さんの発案。私たちもこんな状態で演奏したことがありませんから実際何が起こるかわかりませんのでこれがあればちょっと安心です。NHKの準備も済んで9時半から宴会場を締め切って録音開始。録音の最中も依然雨は降り続き、ひょっとして中止になっちゃうのかななんて考えてみたり。録音は1時間ほどで終わり、私たちの楽屋となっている大広間では早くも寝る準備にかかっている人もいるかと思えば早々とお風呂に行く人、人それぞれに元旦3時のサウンドチェックまでの時間つぶしに入りました。

 私と家内は(一人で家にいるのはつまらないというので一緒に来ました)会場と舞台の下見に海岸へ。海岸にはぐるっと提灯が吊ってあって波打ち際30メートルほど手前にステージが組んであります。うしろには夜目にも波が砕けるのがわかるくらい大きな波が打ち寄せてきていて風が強いとしぶきが飛んできそう。早くもお客さんが席取りを始めていてビニールシートを引いたり、中には小さいテントを張っている強者もいました。10時半から入場券を2001円で売り始めてお客さんは早い者勝ちで場所をキープしているのですが、このまま明け方までどうやって過ごすのか寒いし大変ですね。今の時点では雨が降っているせいかそれほど寒さは感じません。入り口付近には屋台が並んでいて「豚汁」とか「モツ煮」とか美味しそうな看板が出ています。
今日はまだ晦日蕎麦を食べていないので屋台で天ぷらそばを頂きましたが熱くて美味しかった。民宿に戻ってちょっとパソコンをいじっているうちに11時50分、予定ではカウントダウンの後に300発の花火大会があるというので再び海岸へ出かけました。雨の中お客さんは結構集まり、ステージではカウントダウンのコールが始まっています。時計を見ると11時59分、ステージに向かいながら私たちも「5,4,3,2,1」「21世紀になりました。おめでとうございまーす」拍手の起こる中花火の打ち上げ開始。雨が降っているのでどうかなと思いましたが綺麗に見えました。結構低いところでドカーンとなりますので大きくて見ごたえのある年越し花火でした。

 

21世紀への年越しをこんなふうに迎えることになるとは想像もしませんでしたが、これも100年の区切りならではのこと。

今年も「BEN'S CORNER」にお出で頂きましてありがとうございました。21世紀もどうぞよろしくお願いいたします。