
私の宝物!
播磨屋さんに書いていただいた胴板(平成5年12月南座にて)
今日は初日なので3時半に楽屋入り、本番前にみんなで「巴御前」を一度通して復習いました。今回は舞台の大きさが金丸座とずいぶん違うので、あちこち寸法やノリが変わってきたり細かい雰囲気の変化など播磨屋さんからの御注文がありましたので、注意するところを全員で確認したりしながら一通り終わったころには前の幕の「修禅寺物語」が切れていて休憩時間になっていました。ざーっと復習って1時間ですからやっぱり長い曲です。
初日というのは舞台全体がピリピリしています。いろいろな面で緊張しながら弾いていますので、初日の舞台というのは結構サッと終わってしまう感じがしますが、自分自身では全体的にクリアーな状態で弾けて、舞台の動きや細かい振り事なども見ることが出来たので良かったです。
無事に初日が明いてホッと一息、今月は大阪から楽屋日記をお送りします。
バックナンバーに「籠釣瓶の黒御簾」がありますので、松竹座にお出でになる節には参考にご覧下さい。
5月3日
旅に来てホテル住まいを始めてベッドに馴染むまでの2,3日というのはいつもあまり寝られないのですが、今回はどうも枕がだめで今まで眠りの浅い日々が続いていました。そこにきて私は以前、首(6番目か7番目の頚椎)をひどく傷めたことがあって、それから疲れがたまると首の根っこの方が痛くなるのですが、こちらに来てその枕のおかげで首がヘンテコになってきまして、こりゃなんとかしなくちゃなあと考えていたときに、あれは初日の昼間でしょうか。長堀通りにある東急ハンズに行ったのです。
象牙の撥を直すための紙ヤスリやコンパウンドを買いに行ったのですが、帰りに寝具用品売り場を通りかかったときに枕がたくさん並んでいました。ハンズに置いてある物ですからどれも何かしら蘊蓄のある枕なのですが、中に実に気持ちのいい弾力の枕がありました。「あ!これいいなあ」見ると外国製で値段が1万5千円、旅先で買うにはちょっと高いかなと思ってその時はそのまま帰ったのですが、その後も相変わらず熟睡出来ず、首も痛いまま。私が東京で行っているスポーツジムが「なんばグランド花月」の近所にあるので、昨日はマシンをやったりプールに入ったり身体を動かして汗を流して少しすっきりしたのですがそれでも寝らなかったので、今日は「もー、買っちゃお」てんでその枕を買ってきてしまいました。スウェーデンの「テンピュール安眠枕」というのですが、実に不思議な弾力の新素材でとても気持ちいいのです。今晩はこれで寝られるといいなあ。
ゴールデンウィーク真っ只中、ミナミは大変な人出でどこもかしこも大騒ぎ。私のホテルは宗右衛門町の堺筋寄り、実にガラの悪い環境にあるのですが、ホテルに着くまでに風俗の客引きのお兄ちゃんや「お兄さん、ラウンジいかがどす」のラウンジおばさんの関所を通り抜けるのが大変です。
おばさんが寄って来るたびに「生憎だねえ。今、懐が秋の暮と来ていてまことに寂しいんだ。あんまり寂しいんで懐から幽霊が出そうだよ」なんて志ん生の真似をしながら洗濯物を入れたコンビニの袋をバサバサしながら歩くと、そのうち誰も寄ってこなくなります。
5月7日
やっとゴールデンウィークが終わります。
まあとにかく心斎橋から道頓堀、千日前あたりの人出は凄まじくアーケードは思うように歩けないし、日本橋の電気街、アメリカ村も人だらけ。こういう時に意外と混んでいないのが東急ハンズで、連休中何回も行きました。
ハンズといえば先日買った「テンピュール安眠枕」は大当たりで、実に気持ち良く寝られます。あれから首の具合も楽になりましたし、あの不思議な弾力はたいしたものです。ハンズをぶらぶらしていると何でも欲しくなってしまうのですが、昨日は中国茶のコーナーで中国茶用の小さい急須とお湯飲み、特級鉄観音とプーアール茶を突然購入、「俄中国茶大会」をホテルで始めました。食事の後などは口がさっぱりして美味しいし、普段飲んでいても飽きないし良いですね。これもいろいろ作法があるようなので専門書でも読んでみようと思います。
ホテル住まいのストレス発散に過去、私はいろんな事をやりましたが、以前京都のホテルでカクテルをやったことがあります。
シェイカーをはじめカクテル作りに最低限必要な道具、カクテルの専門書、ミニチュアの洋酒(ジン、ウォッカ、リキュールなどなど)を50本くらい買ってきてホテルでやり始めたのですが、これが実に奥の深いもので面白いですね。作っては自分で飲むのでやっているうちに結構酔っぱらってくるのですが、一度何かの量を間違えて飲んだ後心臓が痛くなったことがありました。
ファミコンやプレステなどゲーム機を買ったのも旅先ですし、名古屋では車のプラモデル(ちゃんと部品ごとの塗装までやりました)を5台作ったし、我ながらどうも何をやってんだかという感じがしますが、私の場合旅のストレス発散がこういう症状に現れるのですね。
泊まっているのがホテルでなくウィークリーマンションだったら、絶対料理をやりたいなあ。
5月11日
9日に長谷寺に牡丹を見に行ってきました。もうだいぶ花が開いてしまっていて盛りを過ぎてしまっている感じでしたが、あれだけ咲いているとやっぱり壮観です。山は新緑の紅葉?がさわやかでとても気持ちが良かったです。これだけ紅葉があるのだから秋も良いのでしょうね。初めは同じ近鉄沿線のちょっと先にある「女人高野」の室生寺にも行こうなんて予定だったのですが、この日は初夏の陽気でずいぶん暑くなりまして、長谷寺を往復してきた時には結構疲れてしまってそのまま帰ってきました。
この間突然買ってきた中国茶ですが、あれから専門書を何冊か買ってきて読んでいます。さすが中国のものは奥が深いです。読む内容がすべて初めて知ることですから感心することしきり、こんなに種類があるんだということがわかると今度は何でもかんでも買ってきたくなるのですが、意外にデパートなどにはあまり種類が無いのです。神戸の中華街に行ったら何か珍しいものが見つかるでしょうか。
今日「巴御前」が終わってからのこと。
播磨屋さんのお部屋から帰ってきた栄津三郎さんが
「あ、ベンちゃん(小学校の頃から私はこう呼ばれています)播磨屋さんがベンちゃんによろしく、だって!」
私は楽屋の廊下でずっこけました。
5月16日
今朝は一番にコインランドリーに行って洗濯物をやっつけてホテルに戻り、落語のビデオを見ながら洗濯物を干していました。演者別に自分で編集したテープが15本くらいあるのですが、その時見ていたのは志ん朝さんの「火焔太鼓」で、商売の下手な古道具屋の旦那がおかみさんに文句を言われている件。
「俺が今まで古いもので損したのは、平清盛の尿瓶、岩見重太郎のわらじ、伊達政宗の眼帯、巴御前の鉢巻・・」
いかにも胡散臭いおかしな骨董品を並べ立てるところで、いつもなら何も気にせず笑って通り過ぎるところなのですが、今月は「巴御前」をやっていますから「あれっ、志ん朝さんはこんなこと言っていたんだ」なんてちょっと再発見。ちなみに志ん生さんの「火焔太鼓」では前の二つだけしか出てきません。
洗濯物を干し終わり「ふーん巴御前の鉢巻?今月の舞台で巴御前は鉢巻なんかしていたかな」
まあ別にどうでも良いようなことなのですが何だか急に気になりはじめまして、その日の晩。「巴御前」が始まり、登場した播磨屋さんの姿を見ると烏帽子の下に赤い鉢巻状のものが。そのあと烏帽子を落とすとそれはちゃんと頭を一周していて「鉢巻」でした。正確には何というものなのか今度床山さんに聞いてみます。
[広辞苑 第四版]に拠ると
はち‐まき【鉢巻】
一、頭部を布や手拭などで巻くこと。また、その巻く布。「ねじり―」「向う―」
二、鎌倉時代から室町時代にかけて、武装の時、かぶとの下の烏帽子がずれないように布でその縁を巻きつけること。また、その布。結頭。盛衰記四二「揉烏帽子引立て、薄紅梅の―し」
木曽義仲の霊も烏帽子をかぶっていて、その烏帽子の縁には細い布が巻き付けてあり後ろで結んでありますが、これは上の二番目の項目のようですね。
今日のテーマは「鉢巻」でした。
5月24日
5月22日は播磨屋さんのお誕生日だったので「籠釣瓶」が明く前に急遽、楽屋でつなぎの騒ぎ唄(お誕生日バージョン)を考え始めました。どうも「誕生日」とか「めでたい」という言葉が頭にあるので妙に現代語っぽくなったり、語呂が悪かったりどうも美しくない。最終的に里長さんまで加わっていろいろ考えた結果出来上がったのが次の唄です。
「今日はめでたや五月(さつき)の空に、揚羽舞い飛ぶ大播磨」
私はあいにく序幕で上がりの日だったので、これを唄った場には居合わせなかったのですがどんな様子だったのでしょうか。
20日を過ぎて来月の各劇場の稽古割も出まして、劇場に送るトランクの割り振り、博多行きの飛行機の予約、各々千龝楽の帰りの時間を調べたりと楽屋の中は慌ただしくなってきました。
私も博多に送る荷物と家に送り返すものとを分けて撤収の準備。楽近くになって片づけを始めるともう少しで家に帰れるなあ、なんて楽しくなって来るのですが、来月も旅だし26日に帰京して29日には博多乗り込みなのでなんだか落ち着きません。今朝、大阪生活最後の洗濯も終わりましたので明日からは本腰を入れて片付け開始、宅急便をフロントに降ろすので忙しくなります。さあ力仕事だ!
5月26日
25日の千穐楽はいいお天気で夏のような陽気でした。私は「籠釣瓶」の最後まで弾いていましたから、最終の新幹線に間に合わないので26日朝一番ののぞみで帰ってきましたが、2時間くらいしか寝てないのでとにかく眠い!
9時半に家に着いて、今日は夜、松竹稽古場で「NHK古典芸能観賞会」の「廓文章」の稽古がありますから着物を出したり支度するものを全部終わらせて、ようやく一息。朝御飯を食べて暫くすると猛烈な睡魔がやってきました。どういう訳か大阪で夜、寝つけないのがどんどんひどくなり楽近くにはひどい睡眠不足になっていましたのでそれがいっぺんに出てきたようで、何かに寄っかかっているとすぐ寝てしまいます。稽古にいく前に行きつけの鍼の先生が予約できたので早めに家を出て、首やら背中やらあちこちポキポキ鳴らしてもらったらようやく生き返った心地。
仁左衛門さんの「廓文章」は去年の夏の巡業以来ですが、襲名興行で3か月、約75回弾いたので結構覚えていました。
家内の芝居が24日から始まっていまして、こちらの稽古が終わったのと向こうの芝居の終わったのが同じような時間だったので四谷に行って合流、関係者の皆さんと飲んだり食べたりしていましたが寝不足で目はごろごろしているし疲れの方はピークで「もうだめっ!」という感じだったので11時頃失礼して帰ってきました。
明日はNHKホールで舞台稽古です。
5月28日
今日は家内の芝居の千龝楽。しかしNHKと変に時間が重なっていまして、ゆっくり見てもいられず35分くらい見て四谷からタクシーでNHKホールへ。
さてNHK古典芸能鑑賞会の本番です。やることは普段の仕事と変わらないのですが、この会の緊張するところは、一回限りの舞台でテレビの録画がある所です。昨日の舞台稽古では黒御簾もすべてサウンドチェックがあり、唄、三味線、鳴物すべてマイクが立っていますので、パート別に音を出しチェックします。幕が明くのも「柝が直るまであと60秒です。40秒前」から始まり「10秒前、9、8、7、6・・・」という具合で、普段とずいぶん勝手が違いますので妙なところで緊張してしまいます。
今回は黒御簾でしたので何もしませんでしたが、これが出囃子だと私たちもお化粧がありまして(素顔だと光っちゃうらしいです)メイクさんのところに行って一人ひとりファンデーションを塗られ、目をくっきりしてもらいます。これは終わったあとに落とさなくてはなりませんから面倒なのですが、中にはこの顔が気に入ってしまいメイクを落とさず、やたらはっきりした濃い顔のまま渋谷の街に出て行った人もいるとかいないとか・・
今回の古典芸能鑑賞会は放送開始75周年の記念の会で、初めにビデオの上映があり懐かしい貴重な映像がたくさん出てきました。緊張のうちに「廓文章」無事終了。
終わってのんびりもしていられず、四谷に行って芝居に顔を出しそのまま帰宅。博多に送る最終荷物を作って宅急便を出したり、来月の芝居の資料をそろえたりするうちにすっかりくたびれてしまい早めに寝ることにしました。しかしこの三日間はなんと慌ただしかったことでしょうか。明日はもう博多行きです。
5月29日
まさか1年のうちに2回も博多座に行くことになるとは思いませんでしたが、今日は博多乗り込みです。今月のホテルもも2月と同じ「東京第一ホテル福岡」なのですが、大阪から帰った次の日くらいに「東京第一ホテル、経営破綻」なんて記事が新聞に出まして「ありゃりゃ!」
読んでみるとそのチェーンのなかでも特に具合の悪いホテルの中に、6月泊まる「第一ホテル福岡」も入っていまして、みんなで「大丈夫かなぁ、毎日ベッドメイクしてくれるかなぁ」なんて言っていたのですが、さてどうなることやら。
今日は1時から船乗り込みがあって、こちらが博多座についたころホテルオークラのあたりは大変な人出で賑やかでした。4時から顔寄せ、河内山、鳥辺山の順で稽古。
「質見世」の河内山の科白に「ひじきに油揚げの総菜ばかり食っていると良い知恵が浮かばない」とか「美味いものを食っていると良い知恵がぞろぞろ湧いてくるのさ」というのがありますね。私もひじきは好きですし、よく食べます。
我々の仲間にも旅に行くと「食事のバランスを」といって、コンビニのひじきやお総菜を食べる人がいて「あ、ひじきに油揚げの総菜連中」なんて言われたりしています
(もっぱら私が言っているんですけど)
三味線を弾いていても科白が面白いので「質見世」の場は楽しいのですが、その「質見世」の稽古が終わって播磨屋さんがお弁当を召し上がっていらっしゃいました。10分くらい前に上の科白を聞いたばかりで、芝居もこれから松江邸に乗り込もうというところですから何だか妙に状況があっていて可笑しくなってしまいました。河内山の理屈から行くとここは「ひじき総菜弁当」や「のり弁」ではなく「鰻弁当」や「とんかつ弁当」といったところでしょうか。
7時に終わって、話題のホテルに行きました。2月は冷蔵庫が壊れていたり部屋を変えたり大変でしたが、今回の部屋は前回よりやや広く使い勝手は良さそうです。
5月30日
今日、稽古場にて
鳥辺山の稽古が終わって、附を書き直したり台本を眺めていると
「ベンちゃん、ベンちゃん」
ん?誰が呼んでいるのだろうときょろきょろすると、何と!稽古場の向い側にいらっしゃった播磨屋さんでした。
播磨屋さん「ベンちゃん、枕の具合はいかがですか(笑)」
私 「枕?・・あ、おかげさまでいい具合です。」
播磨屋さん「良かったですね」
歌昇さん 「枕、ああ枕ね(笑)」
この間「楽屋日記」に書いた枕のこと、歌昇さんも御存知のようです。
6月2日
今日は初日なので少し早めに楽屋入り、「藤娘」を浚いました。ここの舞台で出囃子は初めてでしたが、とても良く鳴る劇場です。
夜の部に天王寺屋さんの「魚屋宗五郎」があります。この芝居の眼目というと宗五郎が酔っぱらっていく件ですが、黒御簾ではそこに「西行桜」という合方を宗五郎の演技に合わせて自由自在に様々なノリで弾いていきます。言ってみればこの場面は宗五郎と三味線ががっぷり組んで芝居が進んでいくわけですが、舞台稽古の時に天王寺屋さんがこの芝居は特に三味線の音が良く聞こえないと、ということで、黒御簾の床几の下に箱を入れて私たちの座る位置を高くして三味線の音が良く通るようにしました。三味線の胴が完全に簾のところにありますので弾いている私たちにも音が通っているのが良く分かります。舞台稽古を終えて音の大きさも大丈夫とのことで、「魚屋」だけこの特注床几でいくことになりました。客席から見ると普段より高い位置に座っていますので弾いている様子がはっきり見えていると思います。
6月4日
初日が明いて3日目。芝居も落ち着き、何となく一息というところです。今月の私の仕事は「藤娘」「俊寛」「魚屋」でそれぞれ間が2時間半、1時間半ですからホテルで居眠りなどしてしまうと実に危ない時間なのです。携帯電話のアラームをかけたりしていますが油断できません。
久しぶりの「魚屋宗五郎」ですが、宗五郎が酒を飲む件の「西行桜」を弾いているところがやっぱり一番大変。基本的には宗五郎が酒を飲む間は勢い良くノッテ弾き、飲み干すとノリをしめる、ということなのですが、このほかにもまわりの人との芝居の具合でノリが微妙に変わります。舞台師さん(黒御簾の立三味線)の撥から一時たりとも目を離せないし、また舞台の動きもある程度目に留めていなくてはノリの変化に反応できませんので撥と舞台を見分けるタイミングが難しいのですが、この2日で以前やったときの事が思い出されてきてだんだん感覚がつかめてきました。天王寺屋さんも合方を聞きながら芝居をしていらっしゃいますので、ちょうどいいところで酒を飲み干すというような感じになってきました。このあたりが巧くあってくるとこの場面は弾いていて実に面白いです。
実際に弾いている最中は息を詰めていますから(正座もしていますし)無酸素運動状態。有酸素運動はしゃかりきに弾いている手首だけという何ともへんてこな状況です。
「魚屋宗五郎」を御観劇の節には黒御簾にも御注目あれ!
大阪で買った中国茶が残り少なくなったのであちこち探していたのですが、昨日岩田屋で「英記茶荘」の中国茶を発見。プーアール茶を板状に固めたもの(名前があるのですが漢字が難しくて変換に出てきません)とジャスミン茶を購入してきました。
九州方面は梅雨入りしたというのに、今日は快晴、カラッと爽やかで気持ちのいい1日でした。
6月6日
博多は連日快晴で、実に爽やかなお天気が続いております。昨晩は博多座の近所の屋台でワイワイやっていたのですが、空気はカラッとしているし本当に気持ち良かったなぁ。でもお開きになったのが2時くらいだったので今朝はちょっと眠かったです。
洗濯物がたまってしまったので、藤娘が終わってからコインランドリーへ。このコインランドリーのすぐそばにお蕎麦屋さんがあって時間つぶしに入ったのですが、こちらのお蕎麦が実に美味しいのです。那珂川の大黒橋のたもと「むらた」というお店なのですが、お蕎麦が美味いのは言うまでもなく、汁が東京風でこれがまた美味い!
聞いたところによると他にも美味しい蕎麦屋があるとのことで、普通西に行くとうどんが主になってくると思うのですが、意外や意外、博多は蕎麦の穴場かもしれません。
上川端商店街に中国茶のお店がある、とメールで教えて下さった方がいて、早速行ってみました。2月には毎日のようにこの商店街を歩いていましたが、はたしてそんなお店があったかなぁなんて思いながら歩いていくと、ありました。
「ゆい庵」というお店で「中国茶専門店」という看板。2月に歩いていた時に目に入らなかったのは当たり前で、芝居が終わったあとの3月1日にオープンされたとのことです。本場中国からの20種類くらいのお茶がありまして、本でしか見たことがない珍しいもの(大紅袍とか龍井茶)もありました。お店の素敵な女性!にいろいろ伺って、まだ飲んだことのないものの小さなパックを5つ買ってきました。ティーサロンにもなっていますのでその場で頂くことも出来ますし、中国茶にハマリ始めた私には本当に願ったりかなったりのお店でした。お茶を頂いているところにオーナーの由比さんがいらっしゃって暫くお話していたのですが、創作和風懐石のお店もやっていらっしゃるとのこと(ここのお隣なのかな?)で、是非今月中に伺ってみようと思います。河内山ではありませんが、やはり美味いものを食べないと良い知恵が浮かんでこなくなってしまいますから。
楽屋に戻るにはまだ時間がありましたので、そのままキャナルシティに行ってHMVをぶらぶら。ある時テレビで「バンドネオン」という楽器を見てからアルゼンチンタンゴが気になり始め、この頃はジャズをお休みしてそちらにのめり込んでおります。アストル・ピアソラのCDを2枚買って、楽屋へ戻りました。
6月7日
博多は連日快晴で(昨日と同じ書き出しだ)今日は結構暑くなりました。でも湿気がないのでそんなに汗もかかず快適です。
今日は天王寺屋さんがお食事に誘って下さいまして、鳴物の田中傳兵衛さん、栄津三郎さんと一緒に終演後中洲のお料理屋さんに行きました。天王寺屋さんには海外公演の時や旅先で「ベンちゃん、食事に行きましょう」とよく声をかけて頂きます。
行ったお店は天王寺屋さんおなじみの「ふぐ屋」さん。2月に博多座にいらっしゃった時には美味しいフグを堪能されたのことですが、今は6月。もうフグはないけどこちらは美味しいものがたくさんありますからね、と話しているところにお店の女将さんが、「夏ふぐがはいっていますが」というお言葉。有明海のワタリガニの酢の物から始まって、その「夏ふぐ」をお造り、唐揚げ、最後は雑炊という具合で頂いたのですが美味しかったぁ!(雑炊、あんまり美味しいんで最後の濃いところまで3杯おかわりしちゃいました)
お子様のことや、第2回吾妻歌舞伎から始まって1994年に御一緒させていただいたイタリア公演まで海外公演の御苦労話など伺いながら楽しい時を過ごさせていただきました。
学生の頃、天王寺屋さんの「棒しばり」「茶壺」「二人椀久」などを見て、それまであまり興味のなかった歌舞伎舞踊が好きになりました。それまでは踊りよりも、もっぱら長唄や清元やら地方ばかり見ていたのです。それからひょんなこと(これについてはまた後日)がきっかけでこんなふうにお話を伺ったりお近づきになれて私としては本当に嬉しいかぎりです。海外公演も2回御一緒させていただきましたし、今までで一番の思い出というか記念になったのは、私の結婚披露宴に出席して下さったことですね。
6月8日
昨日とは打って変わって本日の博多は大荒れの天気でした。博多座とホテルを往復するだけでもズボンはびしょぬれ。その雨も終演後にはどうやら上がりまして、また今日も食べ物の話に相成ります。
うちの先輩に連れていっていただいたお店で、九州地方の小粒のウニを一箱、鯵の酢洗い、鰯のぬか煮(鰯を糠で6時間ほど煮たもの、骨まで柔らかく食べられる)を食し、それに美味しい焼酎を頂いたというお話なのですが、その店の名が「戻り駕」。この近所には「河庄」というお店もあるそうですし、私もぶらぶら歩いていて「熊谷陣屋」という鰻屋を見つけました。東京ですと、渋谷には「船弁慶」という炉端焼き、銀座の東急ホテルの裏には「勧進帳」という居酒屋があります。他にも何か出てくるかな。
二日続けて美味しいもの食べちゃって、明日からは良い知恵がぞろぞろ湧きそうです。
6月18日
すっかり御無沙汰してしまいましてすみません。
14日に中日になりまして、普段ですと「あと半分だなぁ」というところですが、5月6月7月と旅の続く私にはこれが3か月通しての本当の中日、先の事を考えると憂鬱になってしまいますが、終わりはまだまだ遠いですね。
本日の博多は曇り、涼しいです。昨日は朝から久しぶりの雨でしたが、それまでは相変わらずいいお天気で昼間も夜も気持ち良く、屋台に行ったり楽しく過ごしておりました。
先日、中国茶と和風懐石の「ゆい庵」というお店を御紹介しましたが、先にメールでこのお店のことを教えて下さった方というのが実は時蔵さんの番頭さんのSさん。番頭さんといっても浜松屋や法界坊に出てくるような人ではなく女性です。
15日の終演後にSさんと歌昇さんの番頭さんのYさんと「ゆい庵」のお食事に行って参りました。創作和風懐石ということでどのお料理もとても美味しかったです。食事の後には「武夷岩茶」というお茶(私のお気に入り)を頂いて、何だかずいぶん遅くまでお邪魔してしまいました。
天王寺屋さんが私のことを「ベンちゃん」と呼んで下さるようになったひょんなきっかけのことですが、これは私が大学を卒業する昭和59年3月の「松竹名作歌舞伎舞踊公演」の浅草公会堂での舞台稽古の時のことです。
「勧進帳」の舞台稽古が始まるのを待っているところに、弁慶の拵えをした天王寺屋さんがやってきました。その天王寺屋さんが私の前に来ていきなり「あなたがベンちゃん?頑張ってね」とおっしゃったのですね。「!!?何だ何だ?」芸名ならともかくいきなり「ベンちゃん」ですから私もびっくりしました。
この公演はそのあと巡業になりまして、札幌から博多まで日本中を廻りました。歌右衛門さんの「累」「枕獅子」、故辰之助さんの「太刀盗人」など役者さんも演目も豪華な公演でした。
旅の最中も「あなたがベンちゃん」の謎はわからず、旅が終わりましてあとで聞いたところによると、私が大学で所属していた長研に日本舞踊専攻の先輩がいまして、その先輩が天王寺屋さんの楽屋に遊びに行ったときに「今度の旅にうちの後輩でベンちゃんて三味線弾きの子が行きますから」とおっしゃったとか。そんな訳で天王寺屋さんには芸名よりも先に「ベンちゃん」とインプットされてしまったようです。
千龝楽まであと8日、もう一頑張りというところですがここに来て何だかちょっと疲れ気味。頭痛はひどいし風邪でも引いたかなぁ。
6月26日
博多座6月歌舞伎公演、本日めでたく千龝楽と相成りました。この1週間は天気も悪く暑くて湿気もひどく、よけいに疲れに拍車をかけたようで毎日、はぁはぁいいながら三味線を弾いていたような感じ。油断すると私はすぐに扁桃腺が腫れますので、寝るときのクーラーの消し忘れや蒲団をけっ飛ばして寝ないように何だかずいぶん神経質になってしまいました。さすがに旅も二ヶ月目の終わりになると強烈にくたびれてきます。
24日から家族が来ていまして、25日はシーホークホテルに一泊。隣は福岡ドームで目の前は海。ロビーは天井が高くてガラスがピカピカ、きれいなホテルでとても気持ち良かったです。
しかし今朝、荷物を置きに狭い定宿ホテルに戻ってくるとあまりのギャップに「はぁー」出るのはため息ばかりなり。
昨日、家内とその母上と博多リバレイン一階の那珂川に面している「カフェ・デプレ」でお茶を飲んでいると播磨屋さんが入っていらっしゃいました。遠くから御挨拶すると気が付かれた播磨屋さん、ちょっと離れたところに座られたのにわざわざこちらまで足を運んで下さって「どうもこんにちは、いつもホームページを拝見してます。その後身体は大丈夫ですか?」前回の日記に、風邪っぽくて体調が悪いと書いていたのをもうご覧になられたのですね。
思いがけなく播磨屋さんとお話が出来て嬉しいやら恐縮するやら、家内とその母上は「ひゃー、播磨屋さんがこっちに来た!」しばらく興奮さめやらぬ様子でした。
ホテルの部屋もすっかりがらんとしまして、あとは明日帰るだけ。7時10分の飛行機なので5時頃起床予定、寝坊しないようにしないと。
6月27日
福岡発7時10分の飛行機で帰ってきました。昨晩も最後の荷造りでなんだかんだやっているうちに寝たのは1時過ぎ、今朝起きたのは5時ですから飛行機の中では寝っぱなし。気が付いたらもう着陸寸前というところでした。
帰ってくるとまあいろいろ用事があるもので、床屋に行って、三味線屋に行って小物を買って、大阪の資料、8月歌舞伎座の出し物の譜面、附の用意、大阪に送る宅急便の荷造り、とにかく思いつくところから何でもやって午後2時頃には一段落。昼ご飯を食べながらビールを飲んだら、いやーこれは美味しかった!美味しいけど昼間のビールは実に効きます。あとはもう吸い込まれるように寝てしまって起きたら夕方5時。ガーッと寝たので少し身体がしゃきっとして、それから家内と待ち合わせしてTIPPNESS(スポーツクラブ)へ。30分くらいプールで歩いたり泳いだりしたら何となく疲れも消えてすっきりしました。
6月28日
夕方5時ののぞみで大阪に出発。東京はすごい雨でしたが途中から晴れてきまして関西方面はいいお天気。傘を差す余裕のない相変わらずの大荷物なので助かりました。ホテルに着いてまず行ったのが博多でやり残した洗濯です(トホホ)
5月に来たばかりですから景色も町並みも新鮮味がないし、「あーぁまた大阪に来ちゃった」という感じ。ホテルの部屋は今回は禁煙階で少し広めの東側の部屋にしてもらったので荷物を置いても余裕があって良いです。廊下の幅がほんの30センチ広いとか奥行きが1メートル長い、といったところでずいぶん部屋の感じは変わるものですね。