9月27日に博多から帰ってきまして29日から国立劇場「霊験亀山鉾」の稽古に入りました。以前にここで上演したものとはかなり中身も変わっているそうで何十年ぶりかに復活する場面もあるとのこと。通し狂言ですから長いです。長くて中身はほとんど新しく黒御簾の附も新しく附けるということなので稽古中は大変だろうなと思っていましたが本当に大変でした。一番大変だったのは全体が決まるまでの2日間の稽古で(私はお休みさせていただいちゃったんですけど‥)稽古時間は7時間から9時間に及んだとのこと。
そのあと附、総ざらいとなるわけですが、それまでに台本に附を書き込んで使う曲の譜面をそろえて音を入れます。音を入れて実際に動いて台詞を言ってみるとあちこちいろいろ変更が出てきます。
毎日台本に書いては消し書いては消し、稽古が終わる頃には消しゴムのかすだらけ。そうやっているうちに音が決まっていき全体もまとまり舞台稽古になります。
初日通りの舞台稽古はたっぷり9時間かかりました。全体の場数も多いうえに本水の雨や早桶が燃えるところの仕掛けなど大道具、特殊効果も凝ったものがありましたのでその具合が決まるまでずいぶん時間がかかりました。初日が明いてからも連日きっかけの変更などが何カ所も出まして本当に落ち着いたのは中日くらいでしょうか。
初日が明いてしばらくはずっと通しで弾いていたんですけど、それを4日くらい続けたら疲れて完全グロッキー状態になりました。
何でこんなに大変なのか考えてみるにこの芝居、中身だけで3時間45分かかります(休憩入れて約4時間半)。
序幕は45分、ここはまず仕事を始めたばかりで元気がありますし芝居もテンポ良く進むのですぐ終わっちゃいます。
休憩が30分あってここからが大変。
二幕目が1時間50分くらいありまして、とにかく長い。「籠釣瓶」のぶっ通しと同じくらいでしょうか。休憩15分のあと三・四・大詰がまとめて1時間10分。これは軽めの「勧進帳」といった感じ。
つまり二幕からあとは「籠釣瓶」を休まず弾いて引き続き「勧進帳」を弾くという状態なんですからこりゃ大変なわけです。
三味線弾きも10日過ぎにローテーションで交代できるようになり私は二幕二場でお役ご免という生活になったのですが、その頃にはすっかりくたびれちゃって体は痛いし首は詰まる。久しぶりに自転車でも乗るかなぁなんて気になると天気が悪くなってだめだったりストレスは溜まる一方。
そんなときに楽しみなのが国立劇場の「休館日」
今回は17日が休館日で前の16日は昼公演、翌18日が夜公演なのでその気になれば2泊でどこかに行ってこられるのです。
てなわけで私は16日の公演を終わってその足で日光へ。
夏に行った中禅寺湖畔の「日光レークサイドホテル」が良かったのでまた行ってきました。ここは歴史のあるホテルで全体はすごく質素なのですが、かえってそれが避暑地っぽくていい感じ。
それと夏に敷地内にオープンした「天然硫黄温泉」。これがお湯が真っ白で硫黄の香りも濃厚。すごく暖まって私のお気に入りです。
10月の日光は朝夕かなり冷え込むと聞いて薄目のフリースなど持っていったのですが東武日光駅に降りるとそんなんじゃスースーするくらい寒くて「ありゃ!ちょっと失敗したかな‥」
駅にいるハイキング帰りの人はみな結構着込んでいて重装備。温泉入りに来て風邪引いたんじゃしょうがないですしねぇ。ここからいろは坂を通って中禅寺湖に行くバスに乗るのですが町中を過ぎるとバスの中は私と家内と二人だけ。運転手さんとおしゃべりしながらいろは坂を上っていきましたが、ただ今日光は紅葉でシーズン真っ盛り。
連休中はいろは坂のバス、片道4〜5時間(普通は45分)かかったときいてびっくりしました。平日でも午後は3時間くらいかかりますねと言われまして、そんなんで翌日もはじめは「戦場ヶ原」で写真を撮るという壮大な計画だったのが早いバスで下に降りちゃおうとことになりました。
いろは坂の紅葉はきれいでしたね。早い時間なのに途中から車が多くなってきましたが上りはとんでもないことになっていまして東武日光駅前から東照宮、いろは坂登り口まで渋滞。結局そのまま乗れる特急に乗ってお昼頃にはうちに帰ってきました。のんびり午後まで遊んでいたら大変だったかも。

「日光レークサイドホテル」の中庭
26日に伝統歌舞伎保存会の発表会がありまして、20日過ぎから仁左衛門さん、秀太郎さん、段四郎さん指導のもと稽古が始まりました。演目は「鮓屋」で権太は仁左衛門さん指導なので上方の型です。
今年の金比羅で仁左衛門さんの「鮓屋」は弾いていましたので様子はわかっていましたが、自分が黒御簾の舞台をするとなるとノリやらコミの取り方など少ない日数の稽古で見当をつけなくてはならないし、本番は1日だけですから失敗できないし何だか緊張しちゃいました。当日はお客さんも一杯で熱の入った良い公演でした。
国立劇場が27日に千秋楽を迎え翌28日には「平成中村座」の稽古で大阪入り。
大阪は27日あたりに「木枯らし1号」が吹いたと聞いていましたがなるほど新大阪に着くと結構寒い。今回「平成中村座」の建っている扇町公園というところ、初めてなので「さてどこにあるのかな?」ときょろきょろしながら行ったのですが、どーんとひらけた公園の向こうに見慣れたテントがありました。その向こうには関西テレビのきれいで不思議な建物が。
28日はお祓いがあってそのあと「法界坊」の稽古。今回は笹野さんが勘十郎(前回は十蔵さん)をやるのですが可笑しかったです。とにかく想像のつかない動き、台詞に稽古場中爆笑の連続。亀蔵さんの番頭正八も健在ですごいことになってます。
稽古が終わって外に出るとあんまり寒いんでびっくり。ちょっと風邪っぽい状態でこっちに来ましたしこれからの中村座内の稽古はかなり冷え込む時もありますから用心しないと。
11月8日
今回三味線弾きは「法界坊」と「夏祭」と仕事を2チームに分けていまして私は「法界坊」チーム。稽古も毎日どちらか一つの芝居をやりますので30日は「法界坊」の総ざらいをみっちりやりました。
前に東京でやっていますから役者さんもやっているうちに「ここはこうだったね」とかだんだん手慣れてきて、こちらも弾いていくうちに細かいところを思い出してきたり、前に一回やっているというのはどこか楽です。でも今回は稽古日数が少ないのできっちり固まるまで細かく返してたっぷり7時間かかりました。
でもこれは黒御簾の用事のある二幕目までが終わるまでにかかった時間、このあと大喜利の「双面」がありますから全部終わるにはもっとかかったようです。ここに用事のある竹本さんに常磐津さんは時間が読み切れなくて大変そうでした。
ずいぶんかかったなぁと思っていたら31日の「夏祭」の総ざらいはもっと大変で10時間くらいかかっていました。この日「法界坊」の稽古は何もなかったので私は非番。こちらに来て思いがけないところで休みが出来まして、台本の整理したり梅田をぶらぶらしたりヨドバシカメラに行ったりのんびり出来ました。
いつも大阪というと松竹座ですからミナミばかり。今回のようにキタで一ヶ月過ごすことは初めてです。東京者にとって何とも見当のつかないのが梅田の地下街で、毎日歩いているんですがすぐ迷子になっちゃいます。地上に出るとこれがまたどこに出ちゃったんだかしばらくわからなくてキョロキョロしちゃってどうも困ったものです。
1日は「法界坊」初日2日の昼間は「夏祭」の舞台稽古と進みまして2日夜の部に「平成中村座」初日が明きました。
勘九郎さんが一軸の入った箱の紐を何重にも堅結びにするのであとで笹野さんがあけるのに困っていたり、亀蔵さんの番頭正八は初日からエクソシスト状態で扇雀さんは吹き出しちゃうし、座敷の場面になると出番の合間に勘九郎さんは黒御簾に来てゲラゲラ笑っています。
とにかくまぁ連日賑やかな平成中村座です。
11月17日
黒御簾で三味線弾いていると毎日芝居の細かい変化がよくわかります。芝居が変わった、動きが変わった、きっかけの台詞を言わなかった‥なんてこともありますが本当に芝居は生き物。何が起こるかわかないということでは今月の「法界坊」はそのさいたるもので退屈しませんがスリルもいっぱい。
やっぱり座敷の笹野さんと亀蔵さんのところが毎日変化があって面白いです。勘九郎さんもそこは「何をやるかわからないから楽屋に行ってられないよ」と毎日黒御簾から舞台を眺めて大笑い。
ごらんになった方はご存じですが、笹野さんの「カンニングペーパー」毎日手を変え品を買えいろんなところからでてきます。扇子2本はお決まりでこれを弥十郎さん、橋之助さんが次々に取り上げるのですが、そのあとは花生けの下から出てきたり足袋から出てきたり鬘の下から出したりと連日みな意表をつかれ、昨日はそのあと舞扇に扇子がもう1本でてきました。これは序幕が明いて野分姫が花道に出てくるあたりに塀の道具の裏側で笹野さんがあちこち仕込んでいるのです(桜席なら丸見え)
いつぞやは畳敷きの下に隠したのが道具替わりで福助さんと扇雀さんがめくっていくところでペロッと出てきてしまい、福助さんが拾って「?」そのまま下に戻していらっしゃいました。話をまとめるところなのに皆さん吹き出してしまっていったいどうなっちゃうの?と心配になりますが、まあどうにか収拾がつきます。
亀蔵さんの人格変異はとどまることを知らず、この頃仰向け気味にずるずるとおくみさんに迫って行くようになり、一段と物凄いことになっていますが「そのままブリッジしないかな」なーんて期待していたら昨日その片鱗があらわれました。近い日ブリッジ歩行の本物の「エクソシスト」が見られるかもしれません。
中日あたりから「狂犬」も混じってきて「ガウー、ガルルゥ」なんて言いながら引っ込んでいきます。ほっぺたプクプクもバリエーションが増えて片方ずつやったり可笑しいです。
「水も汲み〜ましょ‥」もこの2,3日振りが変わりました。他にもまだまだ細かいところがたくさんありまして笑っているときっかけを落としそうで危なくてしようがありません。
課題の「梅田の地下街」、毎日歩きまわっていたのでこの頃はすっとよどみなく歩けるようになりましたがまだたまに知らないところにぽこっと出たり、この地下街は奥が深いですねぇ。阪神、阪急のデパ地下はすごいと聞いていたので行ってみたらなるほど美味しそうなものばかりで、毎日の食事を探すのが楽しくなってきました。
「お魚やさんのおすしやさん」が最近お気に入りです。
そろそろ紅葉も良い頃ではないかと思うので残りの1回公演の日は京都に行って来ようかなと思っています。
11月22日
笹野さんの扇子、昨日は全部で7本くらい出てきました。取っても取っても出てくるので橋之助さんは笑っちゃってしばし台詞が止まっちゃうし、亀蔵さんも笑いをこらえるのが大変そう。幕切れで弥十郎さんが笹野さんの「持ち物」を全部持っているんですけど、扇子を山とつかんでいて可笑しかったです。
私、このたびドメインなるものを取得しました。これ決めるのに検索かけて希望のものがあるかどうか調べるわけですが、固有名詞やちゃんとした英単語のものはほとんど取得されていて「これ」と思うのはなかなか見つかりません。
私の場合「ben」「kuromisu」「yamanoi」などを「.com」「.net」「.org」という個人で取得できる属性で調べたところ、「ben」は全滅。「bens」にしてもだめ。まぁ「ben」は外人さんの名前だし字数は少ないし、まず無理だろうなとは思っていたんですけど‥。試しにどんなHPなのか見てみたらどういうわけかUNIX関係の会社、ソフトウェア会社などコンピューター関係が多かったです。
「kuromisu」は「.com」を除いて他はOK。
しかし「kuromisu.com」なんて誰が取ったんだろう?これはドメインは取得されているもののHPはありませんでした。
わたしの名字「yamanoi」も全滅でした。私はてっきり黒豚ハムや炭火焼豚が美味しい「山野井の黒豚」のマイスター山野井さんとかが使っていると思っていたら、こちらは「the-yamanoi.com」
試しに「yamanoi.com」に行ってみたら何とアメリカのドメイン販売会社のそのものズバリ「このドメイン買いませんか?yamanoi.com」というページ。
このドメインがその販売ホームページになっていて「BUY NOW」なんてボタンがあって280ドルくらいで販売されていました。しかし「yamanoi」なんてどう考えても日本の名字で日本語の音のように思うのですが外国の会社がこういうのをみんな押さえちゃっているんでしょうか?よりによって「yamanoi」が押さえられているとはねぇ。
「bens-corner」「eijyuro」は全部ありましたが、何だか字数が多くて長い。「kuromisu」は今までURLで使っていますがこれもちょっと長いんですよね。
属性名を考えると「.net」「.org」は個人でも取得できるものでドメインも残っている可能性がありますが元はネット業者や組織の属性なので何となく違うかなという感じも。
「.com」も元は会社が使う属性ですが個人でも取得できます。しかし人気がありますから希望のものを見つけるのはとても大変、というものの私としては「http://www.〜.com」という字面がどうも捨てがたい。
ドメインを取るのならまず簡潔にわかりやすく、そして「.com」がくっつかなきゃと思いましてまたそこから検索開始。
夜な夜な検索し考えました結果「ben-s.com」に決定しました。
同じようなスペルなのにハイフン入れただけでOKなんですから「あれっ!」という感じでした。
このドメインを取ったホスティングサービスではサーバーは国内でホームページ200M、メール300Mと容量もたっぷりしていますので安心です。ただ今 OS X 環境で「Adobe Go Live 6.0」を勉強しながら全面リニューアル中。
形になりましたらこのドメインに移行しますのでまたご案内させていただきます。
平成中村座は残すところあと5日。今日は最後の洗濯に行ってきました。もうそろそろ部屋も片づけ始めないといけません。
11月23日
11月の京都は紅葉シーズンですから観光客は多いのは当たり前ですが、特に先週の土日は紅葉真っ盛りということで車も人もすごかったそうです。そんなことを聞いていましたから初めは行く気なかったのですが「永観堂のライトアップ」やら紅葉のニュースなどテレビで見ていたらやっぱり行きたくなってきまして、平日はそんなでもないだろうと昼一回公演の日(20日)に京都に行って来ました。
まず真如堂に行ったんですけど、平日なのに大きな通りは渋滞がひどくずいぶん時間がかかりました。真如堂に着いてタクシーを降りるとまたびっくり!。
真如堂は紅葉の名所ですけど何となくいつも空いている印象があるので大丈夫だろうと思ったら山門の所からすごい人。境内は人がわさわさしていてこんな落ち着かない真如堂は初めてでした。肝心の紅葉はというとまだ残っていましてなかなかきれいでした。
真如堂から裏手の坂道を降りて永観堂に向かいましたが、永観堂の門前もこれまたすごい人であの狭いところに観光バスが入ってきたり交通整理まで出ている有様。日が落ちたら急に冷えてきまして初めは「ライトアップ」を見るつもりだったのが「もういいや」という感じになり5時までの一般拝観で入ってしまいました。
紅葉はちょっと盛りを過ぎてしまったような感じでしたが何本か鮮やかに残っている木がありましてそれは見事なものでした。「みかえり阿弥陀如来像」も久しぶりに拝観しました。ここも次から次へと人が来るので静かに落ち着いてお顔を見ようという状態にはなれませんが冷え込んでピーンとした空気の中、この如来様の前に来るとみな見とれて静かになります。
永観堂の一番下の写真は「飛行機雲」なんですけど、きれいだったので撮っちゃいました。境内を歩いているうちにすっかり日が落ちて冷え込みは厳しいしやっぱり京都の寒さはひと味違います。夜になっても道路の渋滞はすごくて路線バスは満員で乗れそうもない状態。ちょっと歩いて丸太町通りに出てタクシーをつかまえました。東西の通りはまあまあ動くんですが南北の通り、東大路や川端通りは大渋滞でなかなか進まずまた一苦労。
ようよう三条京阪に着き特急に座れたんですけど、四条京阪で乗ってくる人の数はこれまたすごくて、この日は「ちょっと紅葉でも」なんてつもりでふらっと来たのに大変な思いをしました。嵐山なんてすさまじいんでしょうね。

七五三の帰りかな?
永観堂にて
12月31日
とうとう今年も残すところあと数時間。あまり更新もせぬまま大晦日となってしまいました。
11月末からの様子をば、ザーッと参ります。
11月26日、平成中村座連日大入りのうちに千穐楽。
「夏祭」の泥場を客席で見ましたが、勘九郎さんも笹野さんも物凄いテンション、客席の熱気も相まってとても感動的でした。後ろのシートが上がるところで外が見えますが、お天気が悪いにもかかわらず公園で見ている人もすごい数。いや〜凄い「夏祭」でした。
この日お天気は荒れ模様で雨が降ったりやんだり、気温はこの公演中一番低くなりました。夜の部の「法界坊」の最中は手は冷たい、足袋のつま先はかじかんじゃうと寒くてどうなるかと思いましたが舞台は千穐楽スペシャル。いろいろなことがありました。
今回も楽だけ「羅漢席」がありまして黒御簾の前にお客さんが6人。
初めは緊張していたみたいですが、役者さんが気にかけてこの6人にいろいろやってくれますので途中からすっかりリラックス。大きな笑い声が聞こえるようになりまして楽しそうでした。
「一軸の箱」の紐ですが、勘九郎さんいつもよりキチキチに結んだ上にもう一本紐を出して堅結びのがんじがらめ。もうこの時、黒御簾の中はギャラリーがすごい数。引っ込んで来た勘九郎さんも加わって笹野さんの反応はいかに?
笹野さんは箱を取り上げると「‥!」苦笑しながら黒御簾の方に向かって何か言いながら箱をぶら下げてクルクル回し始めたりして、舞台裏一同大爆笑。なんというかまぁ、とにかく楽しかったです。
東京に帰ってきて2日間お休み。11月29日から日生劇場「新・夢の仲蔵」の稽古に行きました。
前回のものとほとんど内容は一緒だそうで、劇中の舞台から聞こえてくるという設定の黒御簾の音はテープ。直接演技に関係したところ、五段目の忍び三重、蘭平、関の扉の星繰り、高麗蔵さん(あやめ)の出入りは生の音と黒御簾の用事はそれだけであとは劇中劇の「京鹿子娘道成寺」。
この「道成寺」も劇中劇ということで超ダイジェスト。
始めの金冠の件は中抜き、「〜眺めあかさん」からすぐチンチリレンになってクドキも所々抜けてすぐ「園にいろよく〜」の件。「引き担いでぞ失せにける」で鐘が落ちると「押戻し」になってハタラキになって段切れ、と飛ぶところに気をつけていないと危なっかしくてしようがない「道成寺」。
その分時間は短くて全部で28分くらい、すぐ終わっちゃって楽でしたが二回公演が多かったので日比谷界隈で時間をつぶす毎日。師走の風は冷たく、寒くてそんなに外を歩いていられないし後半は結構疲れちゃいました。
23日に千穐楽になり3日間お休みでしたが、新年は松竹座でスタートなので大阪に送る荷物を作るのでばたばたしてお終い。稽古は27日からでしたが今回もマンスリーマンションなのでいろいろ支度をするのに26日に大阪入り。
お正月の松竹座、私たちの用事は「娘七種」「二人夕霧」「義賢最期」「京鹿子娘道成寺」です。日生に続いて「道成寺」ですが日生のがあちこち抜けていましたので今回は普通に全曲弾けばいいだけのこと。「道成寺」だし別にどうってことないだろうと思いましたが一通り弾いてみると、手の癖が日生バージョンになっていますから「あれっ?」というところがあります。大阪に来て附、総ざらい、舞台稽古と弾いて普通の「道成寺」がやけに長く感じられました。日生に出ていた三味線弾きが三人大阪に来ているんですけど、この三人だけ「長いなぁ」「足が痛い」「弾いていてどうも危ねえなぁ」とか、一ヶ月間変な形でやると何となく影響が出るモンです。
年明け早々ですが浅草公会堂の「奴道成寺」に人が足らなくて、私が3日の晩に東京に帰り4日に浅草公会堂の「奴道成寺」昼夜出て5日の朝大阪に帰るということになっているんです(驚いたねどうも!)
「奴道成寺」というのは弾くことは道成寺と一緒ですが常磐津と掛け合いなので長唄が待つところがあり、常磐津に渡すところの手が違ったりします。まぁ今までに何度もやっていますから様子はわかっていますが、稽古なしで行っていきなり弾くことになりますからこれまたうっかりできません。
しかし今度のお正月はどこに行っても「道成寺」がかかっていますね。
今回は東京に帰らず大阪で年を越しちゃいますので28日には家内もこちらに来まして、29日に稽古終了。目出度く2002年仕事納めとなりました。稽古の終わった日ですが、気が抜けたのか疲れたのか扁桃腺が腫れ熱が出ました。注射打ってもらって熱は下がり普通に過ごしているのですが扁桃腺の表面には白い点々が出て痛みもひどく実に凶悪。濃いイソジンでうがいして抗生物質飲んでいますけど初日までに直るといいなぁ。
先ほど買い物に行ってかき揚げとお蕎麦買ってきました。たくさん並んでいる中で美味しそうだなと思って買ったのが「繪島蕎麦」。どこのかなと思って何気なく製造元を見ると「長野県上伊那郡高遠町‥」 高遠の「繪島蕎麦」芝居っぽいなぁ。ひょっとして製造元の名前は‥残念ながら「生島屋」とは書いてありませんでした。
どうも今年は旅も多くて(なんと7ヶ月!自己新記録)身体的にもきつい一年でした。「楽屋日記」もこんなに更新しなかったのは初めてで、今までは結構忙しいときでもいろいろ書いてきたのに今年はまったくだめでした。そこまで気が回らないというか書くこと考えるのが楽しくなくて、まあこんな時もあるのかなと思って今年は放りっぱなしにしちゃいました。
せっかくドメインも取ったことですし、来年は気分を変えてなるべく早いうちに移転しようと思っていますのでこれからもよろしくお願いします。
それではみなさま、よいお年を。