帰ってきた

1月13日

明けましておめでとうございます。
     本年もよろしくお願いいたします。

 って年が明けてからすっかり間が空いちゃいまして、年末年始の頃からたまっていたのを参ります。

 年末は30日からお休みになりまして「伊勢・志摩で年越し」へ出かけました。
難波から近鉄特急に乗り、途中松坂で東京組と合流。お昼を食べに松阪牛焼き肉屋「一升ビン」へ向かいました。ここは何というかまぁ実に良い雰囲気の店で、地元の方御用達。店の中は長年の煙で煤けていて、お肉を焼き出すとすごい煙もうもうの野趣あふれる焼き肉屋さんです。

いい暖簾でしょ

「松阪牛特選 2300円」という一皿はすごい霜降りで柔らかくて美味しかった〜。
お品書きの端からいろいろ食べたんですけど、どれも美味しくて大満足なお昼でした。

 再び近鉄に乗り40分ほどで志摩磯部到着。ここからバスで「志摩スペイン村ホテル」に向かいます。このホテルは「パルケ・デ・エスパーニャ」に隣接していまして、部屋は広いし内装も凝っていてとても素敵なホテル。
 もちろん温泉がありまして何といっても「夕日が真っ正面に見られる露天風呂」というのが素晴らしいとのこと。早速日没にあわせてお風呂行ったんですけど、この時間はお客さんみんながこれを目指してくるので露天風呂は芋洗い状態でぎっしり。外にいるのも寒いので中のお風呂につかりながら評判の素晴らしい夕日を見ました。
 夕食はスペイン料理で珍しくて美味しいものをいろいろ頂きました。温泉と気持ちの良い堅いベッドで久しぶりによく眠ることができまして、翌日も早くからお風呂へ行って体調は絶好調。大晦日は昼間「パルケ・デ・エスパーニャ」でアトラクションやらフラメンコのショーを楽しんで、お昼は中にあるスペイン料理店で評判のパエリヤを頂きました。

 ここからバスに乗り鳥羽へ向かいます。鳥羽のお宿は「アルティア鳥羽」という海に面したお洒落なホテル。ここの温泉もとても良いお湯で、檜の露天風呂が気持ちよかったです。
 夕食後、伊勢神宮に年越し初詣に出かけました。鳥羽から4つめの駅、五十鈴川で下車。ここからバスで「内宮」へ。いままでに伊勢は仕事で何度も行っていますが忙しくて出歩く暇が無く、伊勢神宮にも行った事がありませんでした。
 11時くらいに伊勢神宮に着きましたが、もうかなりの人出。内宮石段手前では年が明けてからお参りしようという人で100メートルくらい列が出来ていまして、私たちもこの列に加わりカウントダウン待ち。すごい冷えるだろうと思って重装備で来たのですが、幸いな事にこの日は風が無く手袋なしでも大丈夫なくらいで助かりました。
時報を聞こうと思って携帯で「117」ダイアルするんですが3分くらい前からつながらなくなり、そのうちどこからともなく「5・4・3・2・1・0」と声が上がってあちこちで拍手がおこり「おめでとーございます」。

年が明けまして2004年1月1日。

 お参りの列が少しずつ動き出しましたがこれからが大変で、10分で5メートルくらいしか動きません。石段を登り始めたら急に動きが良くなってそんなにギュウギュウ人に揉まれることなくお参りできました。内宮は身の引き締まるような厳かなお社で、ここで新年を迎えることができたのはとても素晴らしい事だなぁと思いました。
 内宮から下りて参道に戻るとすごい人で、お参りの列は200メートルくらいになっていました。歩きながら御神酒を頂いたり甘酒頂いたり、体も温まり良い気持ちになって「おかげ横町」へ。ここは「時代テーマパーク」のような町で「赤福」の本店があったり食べ物にお土産、賑やかで面白いところでした。

「赤福本店」

 3時頃ホテルに戻りましたがさすがに疲れましてドドッと眠り込んでしまい、朝「初日の出、初日の出!」と起こされたのですがもう眠くって起きられず、初日の出は見られませんでした。

 すっきりと晴れまして穏やかな元日、この日はまず「鳥羽水族館」へ。
ここには「甲羅が笑っているカニ」「ニャーと鳴くカエル」「おじさん顔で笑っているバイカルアザラシ」など面白いものがいます。私、水族館って大好きです。

 

ミキモト真珠島

「ミキモト真珠島」は初めて行きました。ここでは、真珠が出来るまでのプロセス、宝飾品、海女さんの実演、売店では1000万円クラスの惚れ惚れするような真珠を見ることが出来ます。「豚に真珠」なんていう冗談お土産ないかなぁと思いましたがそんなふざけたものは置いてありませんでした。ご一行は明日まで鳥羽泊ですが私は2日が初日のためここで皆様とお別れ。
近鉄で大阪に戻りまして、これにて三日間の年末年始休暇お終い。

 2日、松竹座初日。
舞台稽古から3日間空いていますから早めに集合して「土蜘」全曲お稽古。長唄だけおさらいしても小一時間、本番が始まる前に結構エネルギーを使ってしまったような状態でしたが、初日ということでピリピリしていますからそんなに時間を感じませんでした。
 播磨屋さんの智籌、凄みがあって素敵です。ノチになると鬘や衣装で一回り大きくなりますので、ものすごく立派。土蜘退治に来た面々よりも体格的に大きいですから返り討ちにしちゃいそうな感じがします。私も後ろから見ていて「うわっ!大きいなぁ」と思いますから最前列のお客さんにはド迫力なのではないでしょうか。
「土蜘」で正座している時間、1時間20分。初めの1週間くらいでそれにも慣れましたが、毎日「土蜘」終わるとグッタリしてしまって一日のパワーをすべて使い果たしたような感じになります。上演時間もさることながら、のべつ弾いている密度の濃い曲なので何度やっても毎回「大物だなぁ」と思いますね。

 初日が明いて1週間過ぎた頃でしょうか。夜の「俄獅子」弾いていてすごく疲れちゃいまして、何だか変だなと思っていたらその夜から扁桃腺が腫れまして翌日は38℃越えの熱。頭も体もフワフワしちゃっているし短い時間の出囃子なら大丈夫かなと思うのですが1時間20分となると何が起きるか?さすがにこの日はちょっと無理な感じがしまして「土蜘」休ませてもらいました。その後体調はあまりパッとせずちょっと疲れ気味の毎日。鍋やら料理始めれば少しは元気になるかな?

 今月も「TSUTAYA」でDVDやビデオ借りて映画の見まくり。今日日本映画のコーナーを見ていたら播磨屋さんの「鬼平犯科帳」のビデオがずらりと並んでいまして、残り半月これをはじからザーッと見ていくことにしました。

今月は淡々と日が進んでいまして明日は中日です。
来月は博多に決定しまして「旅V5」決定。驚いたねどうも!

1月31日

 26日に松竹座が千穐楽になりました。

「播磨屋さんの土蜘」という好きな役者さんの見たかった演目を演奏できた2004年の初芝居、毎日緊張感があってとても充実した一ヶ月でした。これで旅4ヶ月目終了。

 千穐楽は「俄獅子」を終わって最終一本前の「のぞみ」に乗り、ふた月ぶりの我が家へ帰ってきました。グッタリ疲れて帰ってきて家の布団ですぐ寝られるかというとそうでもなく、移動してきてよそのホテルに来たみたいで悲しいかな、すぐには寝付けず。 

 27日は1日休みでしたが、用事が山積み。朝早く家を出て一つ一つ片づけ、途中浅草で並木に寄って鴨南を頂き(これは必須)博多に荷物出したり「お染の七役」の資料をそろえたり、忙しいうちに終わってしまいました。私が長旅に出ているうちに我が家では「Bフレッツ」が開通していました。早速やってみましたが、早い!
これからは気持ちよくインターネット出来そう。

 家にいたのは1日だけで28日は博多乗り込み。連日稽古がとんとん進み、明るいうちに楽屋を出られてちょっと嬉しいです。

さていよいよオーラス、旅5ヶ月目に突入。博多で美味しいもの食べるぞ!


   2月16日

 どうも皆様、すっかりご無沙汰してしまいました。

 博多座は14日に中日になりまして後半戦突入。「5ヶ月連続旅」も残すところあと10日。や〜っと10日をきったんですよ、皆様!

 博多は過去2回使ったマンスリーマンションが快適だったので今回も同じマンションにしました。
 今月は一回公演の時は午後3時、二回公演でも夜8時には楽屋を出られますので夜は毎日お料理してます。天神ダイエーの食料品売り場がいつの間にかリニューアルしまして、前回来たときとは見違えるような充実ぶり。毎日いろいろ買い込んで素人料理三昧、野菜をたくさん食べているせいか風邪も引かず扁桃腺も腫れず体調は上々。
 先月買った「決定版・基本のイタリアン」なんて本読みながらアラビアータ、ゴルゴンゾーラ、ペペロンチーノなどなど自分でソース作ってパスタ(なかなか良い感じでした。自画自賛)、ショウガと牛肉を更科の蕎麦つゆで甘辛く煮たしぐれ煮(ご飯がいくらでも食べられます)、鍋をやったあとの野菜の旨味と軍鶏のダシのよく出たスープに残った白菜を放り込んで形が無くなるくらい煮込んだあと、ダイエーで売っている200グラム3000円近くする「佐賀牛」厚さ2センチくらいのステーキ用霜降りロース。これが表示の賞味期限まであと2日ということで、まったく見栄えの変わらないものが800円に値下がりしたのを購入。これをサイコロ状に刻んでコトコト煮込んで最終的にカレーにしちゃったんですが、この「佐賀牛・霜降りロースビーフカレー」は我ながら実に美味しく出来ました。ルーもお肉もグッド、いや〜美味かった。朝晩食べてたら2日で無くなっちゃいました。
今月ご飯は「魚沼コシヒカリ」の「玄米」ひとすじ。歯ごたえがあって美味しいです。
お料理は楽し。

 今月のお仕事は「弥生の花浅草祭」の「石橋」と「お染の七役」です。
「石橋」は四段返しの一番最後。大薩摩が終わって浅黄が落ちるとセリ、狂い、獅子とら、髪洗い、段切れとドドッと弾いて10分かからないで終わってしまう出囃子。
先月の「土蜘」は長い出囃子の「右代表」のようなもんですが、今月の「石橋」は短い出囃子のベスト1。
 「お染の七役」は去年の4月に御園座でやっていますので記憶にも新しく、稽古しながらすぐに思い出せました。劇場機構がその都度違いますから早替わりにはいろいろご苦労があることと思いますが、初日が明いて数日のうちに落ち着いて早替わりのスピードは上がる一方。
黒御簾から袖で支度していらっしゃる福助さんが見えますが、本当に早いですよ。

 2月3日は節分。終演後舞台で土手のお六(福助さん)とからみの面々に鬼が加わって豆まきがありました。そのあと午後4時から櫛田神社で「豆まき神事」がありまして福助さん、亀治郎さん、愛之助さん、松緑さんが参加。境内は大勢の人で賑やかな豆まきになりました。
 櫛田神社の鳥居には大きなお多福が飾ってありましてその口をくぐってお参りするんですが、私も御利益がありますようにお多福の口をくぐって来ました。

表側
お多福
川端商店街側

以前コインランドリーの時間つぶしに偶然入った蕎麦の名店「むらた」が櫛田神社方面に移転したというのを聞いていましたので豆まきのあと行ってきました。天ざるを田舎蕎麦で頂いたんですけど、ここのお蕎麦は本当に美味しいです。おつゆも東京風で辛め。そば湯がマッタリしていてこれがまた美味いのです。この日は一回公演だったのでお日様の高いうちから「生ビールの小」などグビグビやって美味しいお蕎麦食べて幸せでした。

 今月は一回公演の日(8日、15日)に終演後「歌舞伎ワークショップ」がありました。「演技」「立廻り」「音楽」と3つのコーナーを40分ずつ、グループごとに順番に回りいろいろ体験してもらっちゃおうという催しで、私たち音楽チームは40分で三味線の解説、唄と浄瑠璃の解説、常磐津長唄の実演、お囃子の解説、黒御簾の実演、体験コーナーという内容。
 お囃子の解説で「鼓の皮は何の動物でしょうか?1番・馬、2番・牛、3番・狸」と質問したところ「3番・狸」で「は〜い」と大勢の手が上がったのは可笑しかったですね。楽器の体験コーナーが皆一番面白かったようでチャカポコやっているうちにすぐ時間になってしまいました。8日は小学生、15日は中高生が参加してのワークショップでしたが、賑やかで面白かったです。

 京都、大阪、博多と旅の荷物はそのまま行く先に送り、途中ちょこちょこ増えていきますから今の部屋の荷物はすごい量になっていまして、こいつをそろそろ撤収にかからないとなりません。宅急便いくつになるんだろう?

2月24日

 博多方面は先週あたりから急に暖かくなりまして上着なしのシャツの腕めくりで歩けるような日が2,3日続きました。ニュースによると2月の気温としては過去最高の23℃だったそうで何ともへんてこな陽気ですが、外を歩いていると日ざしも穏やかで気持ちよかったです。

 博多生活も残り少なくなってきまして、23日は最後の一回公演だったので終演後お蕎麦食べに「むらた」に行き、今日24日は昼「欧風料理・和田門」に行って「和田門・特製カレー」を食べてきました。
 「和田門」というと私は銀座6丁目か7丁目の銀座通りに面したビルの2階にあったお店によく行っていました。ふらっとお昼に入って食べたカレー、深みのある色でコクがあってスパイシーなルーがとにかく美味しくてそれからすっかりやみつき。デザートの「クレームビュリュレ」も美味しいんです。時間があればしょっちゅう行っていたんですが、ここ1,2年すっかりご無沙汰していましたので去年のいつ頃だったか、銀座をぶらぶらしていて久しぶりに行ってみるとビルの改装か?お店が無くなっていてがっかりしました。
 何年か前に博多に来たときに西中洲あたりを歩いていて「和田門」という看板とお店を見つけ「おお!ここに博多店があるんだ」と喜んでいたら、実は博多のこのお店が本店なのだ、ということをその後知りました。それからあのカレーは博多に行けば食べられるんだとずっと思っていたんですが、今日思い叶いまして幸せ。
 お店の方に銀座のお店のこと伺ってみると「諸事情いろいろあって銀座は残念ながら閉店しちゃったんです」とのこと。
また是非、銀座近辺にお店出して頂きたいなぁと思います。

 去年の9月28日に名古屋へ出発してから明日25日の博多座千穐楽まで、カレンダーめくってみたら151日ありました。長かった5ヶ月旅がや〜っと終わります。
来月の仕事は歌舞伎座の夜の部「義経千本桜」だけなので少しゆっくり出来そう。


5月7日

どうもすっかり更新を休んじゃいました。

 2月の末に博多から帰ってきて3月のお仕事は歌舞伎座の夜の部「義経千本桜」。
夜6時過ぎの楽屋入りと言うことでちょっとのんびり出来ました。
 仁左衛門さんの千本桜(木の実、小金吾、すしや)は、附帳のきっかけや役名を隠して合方の名だけしか書いてなかったら何の芝居だか想像がつかないくらい江戸のものとは使う曲が違います。この芝居で使っている曲の中でも江戸、上方で同名の曲がありまして、唄の文句は同じですが微妙に三味線の手が違っていたり、とじつにややっこしくうっかりできない一ヶ月間でした。
 
 久しぶりに家に帰ってきたらドッと一気に疲れが出ましてしばらく体調がおかしかったです。仕事は夜だけですから昼間はドカーンと時間があるのですが、月の前半は確定申告をやっつけるのに終わってしまいました。
 今年からウィンドウズのパソコンで新しいソフトでやることにしたのですが、これが大変な優れもの。はじめの設定が大変ですがこれをやってしまえばあとは実に細かく減価償却の計算から提出用書式での印刷までいろいろやってくれます。とはいっても私が帰らないとわからないところもあって3月に入ってから打ち込みやら計算やら始めましたが大変でした。なるべく早くと思っていたのに結局提出したのは最終日の3月15日。毎年一回のことですがこれが終わると本当にホッとします。

 旅に出ている間に申し込んだ「スカパー!」やっとゆっくり見られるようになりました。いろいろ設定をしてビデオの連動もセットしてこれでタイマー録画も大丈夫、と試しにやってみたらビデオデッキが「ガーガー」いってテープを巻き込んで電源が落ちてしまいました。このビデオデッキ、15年くらい前に家内が買ったものでそのまま結婚してからも使い続けていたのがとうとう寿命になってしまったようです。
 ちょっと前からハードディスクレコーダーが欲しいなぁと思っていたのですが、これはちょうど良い機会!いうことにして次の日にハードディスク&DVDレコーダーを買ってきました。
 私が購入したのは「パイオニア」の「DVR-710H-S」というハードディスク160Gのものです。スタンダードで60時間くらい録画できますので安心していくらでも予約かけられますし、DVD焼くもの2時間以内のものなら15分で出来上がり。とこれは使えば使うほど実に便利な代物です。。
 とりあえずベータで録ってあるもので古いものをハードディスクにダビングしてDVDに焼くというの作業を始めましたが、一番に取りかかったのは志ん朝さんのビデオの完全DVD化。売り場の女の子にもパイオニアの製品はマニュアルなしでもだいたいわかります、といわれていたのですがなるほどわかりやすくて簡単。出来上がったDVDもきれいだし、久しぶりにこれは使えるなぁというものに出っくわしました。

 3月の末からは「フジテレビ721」で田宮二郎主演「白い巨塔」の放送が始まりまして全部タイマーかけて録りましてDVD化。この「白い巨塔」は高校の頃、学校の行事をさぼってまで見ていたほどで、当時はかなりのめり込んでいましたね。原作も久しぶりに読んでみましたが、どの登場人物もこの時の配役以外は考えられないです。
 私の好きなお二方、里見先生の山本學さん、大河内教授の加藤嘉さん、20年ぶりくらいに見ましたが良かったなぁ。
これが終わったあとは「古畑任三郎」第一集が始まりましてまたまた連日夜更かし。

 4月は歌舞伎座の「渡海屋・大物」と「白浪五人男」を弾いていました。
「渡海屋・大物」で可笑しかったのは、門口で勘九郎さんと三津五郎さんが刀を伸ばすところ。毎日お二人でいろいろやっていらっしゃるんですがこのやりとりが毎日微妙に違っていて何とも可笑しいのです。刀がでこぼこで鞘に入らなかったときは黒御簾内大爆笑でした。
 今回の「白浪五人男」は本当に豪華な舞台でした。蔵前から大詰まで私が舞台やらせて頂いたのですが、この中には「稲瀬川勢揃い」という歌舞伎を代表する名場面があります。浅黄が落ちて本釣三つ、前弾きにかかって「白浪や〜」と唄になり五人男が次々と登場します。
 この曲「白浪出唄」というのですが、ノリが良くて気持ちのいい曲です。この曲はまぁ普通に良きノリで弾いていればいいものなのですが、揚幕から勘九郎さん、信二郎さん、福助さん、三津五郎さん、仁左衛門さんが次々に出てくるの見ていると何だか緊張しちゃうんです。一ヶ月弾かせて頂いていろいろ勉強になりました。

 4月23日に坂東吉弥さんがお亡くなりになりました。
3月の「すしや」の弥左衛門が最期の舞台になってしまったのですね。気さくなお人柄で好きな役者さんだったのに本当に残念です。合掌

 4月は昼夜の間に時間があったので毎日銀座界隈をぶらぶらしていました。
時間つぶしというと以前は圧倒的にカメラ屋でしたが、最近は旅に行くのに「パソコン」という新しいお荷物が出来て秋葉原でパソコン屋巡りばかり。
そんなんで旅にあまりカメラもって行かなくなっちゃいまして、たまに持っていくときもデジカメにAF一眼レフとお手軽カメラばかり。何か物足りなくて久しぶりに総金属製のマニュアルカメラがいじりたいなぁ、なーんてカメラ屋を覗いて歩いていたらお値段手頃で気になるカメラが何台か目につきました。
 そんなことをしているうちにある日、「CONTAX RX」に「Carl Zeiss バリオゾナー 35-70mm f3.4」が付いて格安の一台がありましてポイッと買っちゃった。
「CONTAX 」の一眼レフって金属製でずっしりと重くて精密な操作感がとても良いんです。レンズは日本製ですが泣く子も黙る「Carl Zeiss」の文字、コーティングも吸い込まれそうな色で実に美しい。早速撮ってみましたがすごい解像度、どきどきするくらい本当によく写ります。この頃の「とろう会」ではネタ不足で在庫ばかり出展していましたので、5月の京都では久しぶりに「新作」を撮ろうと思っています。

 俳優祭はお役ご免だったので27、28日はお休み。休みと言っても京都の荷出しに諸雑用で忙しかったですが、27日は吉原大門前「土手の伊勢屋」で江戸前の天丼を食し28日は東京ドームの「Spa LaQua」に行ってきましてリフレッシュ。

 29日は京都行き。連休初日ということで新幹線は満席でした。
「新世紀累化粧鏡」は初演の国立劇場、去年の御園座とやってこの5月南座で三回目。私も今まで全部やっていまして皆勤賞。総ざらいまでは順調に進みましたが、仕掛けの多い芝居なので舞台稽古では7時間半とずいぶんたっぷりかかりました。3日に初日が明いて今日で4日目、上演時間も落ち着いてきまして生活のペースも決まってきました。

   5月21日

 今月の私のお仕事は昼の「藤娘」に夜の「新世紀累化粧鏡」の二幕目ということで毎日夜7時前には楽屋を出られるという、ちょっと嬉しい生活パターン。ここ1年くらいは夜の打ち出しまでという仕事が多くて楽屋を出るのが夜8時半とか9時過ぎでした。
7時ならまだまだお店も開いていますし、ゆっくりお買い物が出来て良いです。

 私は行かないんですが7月の「ニューヨーク・平成中村座公演」
本格的に準備が始まりましてアメリカに送る荷物やら渡航書類やらで関係者は大忙し。大使館へ提出する書類というのを見せてもらったらその内容の細かいこと、びっくりしました。やはり同時多発テロ以来、入国に関する手続きがものすごく厳しくなっているんですね。

 昨晩インターネットで「ジャズドラム奏者、エルビン・ジョーンズ死去」というショッキングなニュースを見ました。
 エルビン・ジョーンズは1960年代にジョン・コルトレーンカルテットで活躍した、
世界が認めるNo.1ジャズドラマー。私は2年前の6月博多座公演の時に「ブルーノート福岡」に出演したエルビンを聴きに行ったんですが、その時はバスドラの真ん前でドラムを隔てて1メートルほど向こうにエルビンが座っている、というすごい席でした。力が抜けているんですがものすごいアタックでスネアを「タン!」と叩いただけで耳が「キーン」とするくらい。
 演奏が始まってからはもうこれはすごかったです。これが御年74歳の人の演奏かしらというくらい音は凄まじく大きいし怒濤のリズムに体はうねりっぱなし。
エルビンの神技!スティックワークと両足も間近で見ることが出来まして、すごい体験でした。また機会があったら聴きたいなと思っていたのに残念です。
 一昨日かな、寝られなくて夜中にワインを飲みだし、とっかえひっかえいろんな音楽聴いていました。酔っぱらってきて眠くなりかけた頃にコルトレーンカルテットのライブを聴きだしたら、かえってすっかり目が冴えてきてしまい(是非一度お聞きあれ、すごい演奏です)2時間くらいのライブをすっかり聴いてしまったんですが、もちろんこの演奏でドラム叩いているのもエルビン・ジョーンズ。虫が知らせたのかなぁ。
享年76歳、また一人モダンジャズの巨人が逝きました。

6月18日

 気が付いたらもう中日もすっかり過ぎて、更新すっかり忘れておりました。

 今月は昼の部の「寺子屋」、夜の部の「傾城反魂香」というお仕事です。義太夫狂言というのは黒御簾があまり入りませんが、この二つは黒御簾の用事の少ないお芝居の右代表です。というわけで(全然話の脈絡無し)今回は「黒御簾解説」します。

◎「寺子屋」

 幕明きは「やまと仮名文」唄入り。これは長唄「娘七種」の一節です。
この唄にお囃子は「角兵衛」を打ち込み幕が明きますと「一字千金二千金〜」と竹本が一くさりあって「中に年かさ吾作が息子」で幕明きと同じく「やまと仮名文」の合方を弾きます。ここは涎くりの台詞ひと言の間だけ弾きますがほんとに一瞬。
「さぁ見てみぃ」でまた竹本にかかり「若君はおとなしく」で弾き出しを変えて同じ合方。このあと涎くりと子供たちが大騒ぎになって門口から出てきて涎くりが附際で「あっ!お師匠さんや」というとみんなで中に戻りきちんと座って「いろはにほへと」まで弾いてお終いです。
 
 ここまで幕明きから約5分。あっという間に終わってしまう用事ですが、短い中にも結構変化のある黒御簾なのです。
 幕明きがあり、次のきっかけの涎くりの台詞のところはちょっと勢いよく、菅秀才の台詞では落ち着いた感じに、と同じ合方ですがそれぞれ雰囲気を変えなくてはなりません。菅秀才の台詞の間は落ち着いた感じで弾いて子供たちと涎くりが言い合いになるところはだんだんノっていって、涎くりがポカポカやられて大騒ぎになって門口から出てくるところはお囃子の「角兵衛」も入ってガラッと賑やかになり、附際で涎くりが源蔵が帰ってくるのに気が付くところは一瞬三味線をかすめて、中へ戻るところは又賑やかに元に戻して皆が座るとすーっと合方を消す、とこんな感じで弾いています。
 主役が出てくる前に終わってしまう仕事というのも変なものですが、これは仕方がないですね。

 「寺子屋」には「寺入り」といって千代が小太郎を伴い寺子屋に入門するところが付くときがありますが、この時には「只合」を弾いたり千代と三助の這入りでおうむになるところに「只唄」を入れたりします。

◎「傾城反魂香」

 幕明きは「大津八丁」唄入り、これはこの芝居のきまりものです。

「大津八丁逢坂というて、走り追分名題のどうはち奴茶屋。だんじょう餅もかまわず
お茶まいる、お茶まいる」

 次は又平夫婦が登場して、おとくさんのしゃべりのところで同じく「大津八丁」の合方を弾きます。

ここから約50分、楽屋待機。

 又平の描いた絵が抜けてめでたく土佐の名字が許されます。姫君を救いに出立するために衣装を着替えますがここで弾くのが「物着合方」。お囃子は「きぬた」を打ち込みます。黒御簾で弾くのはここでお終い。

 最後は幕外の引っ込みで、「春動」というメリを竹本さんの三味線と一緒に「上下」で弾きます。今月は私がやらせて頂いています。

 といった具合で1時間20分くらいの芝居に用事は四カ所ですが、おとくさんのところは台詞を聞かなくてはなりませんし、又平さんの着替えは芝居を見て弾かなければならないので、この二カ所は毎日緊張するところ。

 手水鉢に絵を描いて最後に一筆入れるところの播磨屋さんの気迫が凄くて、ここは良いなぁ。ほんと毎日ゾクゾクします。

 来月は歌舞伎座になりました。7月に東京にいる、というのは、何と!15,6年ぶりのこと。