6月28日
26日にコクーン歌舞伎が千穐楽となりました。
書きたまっていた5月のゴリラの続きから参ります。
5月20日くらいから本公演の合間を縫ってコクーンの稽古が始まりました。まだ音を入れるという段階ではないのですが、どんなお芝居になるのか見ておかないと準備できませんので何回か見に行きました。この他に百何十年ぶりの復活という国立劇場の5月舞踊公演「花翫暦色所八景」にカゲの用事がいくつかありましてその稽古があったり、千穐楽近くになって何とも忙しい事。
5月27日は夕方から「花翫暦色所八景」の舞台稽古。これを途中で抜けて歌舞伎座へ。3ヶ月に及ぶ「勘三郎襲名披露興行」の千穐楽、「研辰」では豪華な千穐楽スペシャルがありました。事前に宿屋の場と一番最後に玉三郎さんが登場される、という事は知らされていましたが、実際その場になってみるとお客さんはしばらく気が付かなくて、前の方の何人かのお客さんが指さして「!」、歓声の「キャー」ではなく悲鳴に近い「キャー」という声が上がりました。まぁ何か趣向があるだろうと思っていたお客さんも玉三郎さんが鷺娘の拵えで登場するとは考えていなかったんでしょう。
初演の時の千穐楽では三津五郎さんが花道から出てきて「ウエストサイドだんまり」をもう一回という御趣向で、最後まで用がありまして、カーテンコールでは私も舞台に出てしまいました。
黒御簾豆知識。
ここで弾いている「チンチリドツツル」という合方は「七段目」で仲居が手をたたきながら「由良さんこちへ、手の鳴る方へ」と由良之助が目隠しをして登場するところの合方と一緒で「駒鳥合方」といいます。本来三下がりで弾きますが「研辰」では前後の調子の関係で勘所変えて本調子で弾いています(ちょっとマニアックでした)。
今回の千穐楽スペシャルでは三味線の用はなかったのでいつもの綱渡りのところで黒御簾の用事はお終い。先に楽屋を失礼しまして、先ほどの国立劇場の舞台稽古に戻りました。10数分に及んだ熱狂的なカーテンコールは翌日のワイドショーで知りました。最近は歌舞伎座中がスタンディングになってしまうというのは見慣れてしまいましたが、今回も大変なことになっていたんですね。
5月28日は国立劇場の5月舞踊公演「花翫暦色所八景」の本番。出演されるのは日本舞踊界の若手からベテランまで実力者揃いでこちらも盛会でした。
29日からはコクーン歌舞伎の稽古が本格的に始まりました。
稽古日数が少ないので毎日11時から夜10時頃までと長時間の稽古。いつもの「東文章」とは場割りや構成が違いますので黒御簾の方もだいぶ変更があり、場によってはほとんど附け直しというところも出てきました。
お芝居をご覧になった方はおわかりになると思いますが、口上役で出演される朝比奈尚行さんが赤いワゴンに乗ってご自分で口上を述べたりするところやエンディングでスピーカーから三味線、お囃子の音が流れます。あの音楽は三味線やお囃子の音を素材にして朝比奈さんが作られたものです。5月のはじめですがその素材造りの仮録音ということで「桜姫」に使われているたくさんの合方を録音しました。そこからループを作って組み合わせて出来上がったわけですが、私たちには思いつかないような旋律の組み合わせで「!」へぇ〜…。
稽古が忙しくなってきた初日4日前に本番用の本録音がありまして稽古終了後新宿のスタジオへ。頂いた五線譜の譜面には「早め合方より」なんて書いてあって、私たちの日常ではあまり無い細かいテンポの指定があったり、ヘッドホンからメトロノームもらって弾いたり面白い経験でした。そうして出来たのが舞台で流れていたあの音楽なのです。
とにかく稽古日数が少なかったので初日があくまでというのはちょっとヒヤヒヤもので「本当に間に合うのかしら?」という感じでしたが、不思議なもので何とかなってしまうものです。とにかく今回のコクーンでは初めて経験した面白い事がいろいろありまして、続きはまたアップします。
明日は大阪行き。松竹座の稽古が始まります。
サボっているうちに9月になってしまいました。前回の続きから参ります。
今までのコクーン歌舞伎、私たちの仕事場の黒御簾は決して仕事がしやすいという条件ではありませんでしたが、舞台上に一定のスペースが確保されていました。いろいろ工夫して今まではやって来ましたが、今回は初めて劇場に入ったときに舞台上にそのスペースがないという事を知らされました。
今回はワゴンのスライド、大きな道具を前後に動かしたりで舞台上には余計な構造物がありません。ということでコクーンの客席の上下のエプロンのようなところ。
ここをお囃子、長唄で別れて使う事になりました。お囃子さんと離れると色々やりにくい事は多いのですがモニターを入れてもらって解決。あとは客席を隔ててのアイコンタクトが頼り。まわりに葦簀をぐるっと張ってもらって「黒御簾のようなもの」が出来ましたが客席からは丸見え。目の前には簾越しに平場のお客さん、と実に落ち着かない環境となりました。
どうも最初のうちは開演5分前にあそこに出て行くのがどうも恥ずかしくて困りました。串田さんは以前から「何で音楽やる人はあの黒御簾の囲われた中にいなくちゃいけないんですか」とおっしゃっていました。一緒にお芝居やっているんだから見えていったって良いのにというのが串田さんの方針なので私たちは仕事をしながら普段通り振る舞って良いという事なのですが、途中で背伸びも出来ないし「ふわ〜」なんて欠伸なんてできませんよね。とにかく大きなアクションが出来ないのがしんどくて1時間半弾き終わると体中コチコチ。初めての経験でした。
桜姫のエンディング、あの形になるまでは本当に大変でした。
最初の串田さんの意向は「音楽担当の人たちも一緒に芝居を作っているのだから最後に一緒に舞台に出て欲しい。そしてセッションしましょう。」というものでした。「舞台に出てセッション?」って何をやるんだろうと思いましたが、朝比奈さんが作った音楽に合わせて何か弾いたり打楽器を入れたりということになりました。
しかしそこに問題が。
桜姫ラストで舞台には雨が降ります。それが稽古の時はミストのような霧雨で舞台、客席前方ではすごい湿気。そこに三味線を持って出るのはちょっと危険だし困る、という事に。まぁとにかくいっぺんやってみましょうというので合図をもらってお囃子さん、唄、三味線とぞろぞろ出ていったんですが、普段の着物で恥ずかしそうに「何だかなぁ?」といった様子でぞろぞろ登場するのがどうもこれが実に様になりません。緋毛氈の山台に座って舞台に出るのは普段の事なので慣れていますが、歩いて舞台に出るというのは大変な事です。役者さんってすごいなぁと思いました。
初日前日の舞台稽古終了後、夜遅くまで話し合って最終的に舞台袖の黒御簾でそのまま演奏をする事になりました。雨の降ったあとの舞台に出てダミーの三味線もって弾く振りをするよりはその方が私たちも心おきなく出来ますからね。初日昼間もう一度リハーサルをやって何とか形になりまして、ギリギリ初日にこぎつけたといった感じの「桜姫」の稽古。
初日終了後のパーティーで串田さんが「久しぶりに初日に間に合わないんじゃないかと焦った」おっしゃっていました。私も本当に間に合うのかなぁと思いながらずっと稽古やっていましたが何となってしまうものですね。稽古中は身体的にも大変でしたが初日が明いてからは私は序幕担当。早く上がれる日もあってちょっと骨休めが出来ました。
26日に千穐楽。二日間休みがあって6月29日に大阪に乗り込み。怒濤の稽古4日間。7月3日に初日が明きました。
この続きはまた
10月5日
本当に今年は時間の経つのが早くて、9月になっちゃった〜なんて思っていたら、その9月も慌ただしく終わり、9月29日より10月国立劇場の稽古開始。
今月は私、国立劇場「貞操花鳥羽恋塚」に出演しておりますが、大役を二つやらせて頂いています、
一つ目は三幕目二場「讃州松山崇徳院御在所の場」の大薩摩と唄浄瑠璃の作曲並びに立三味線を勤めさせて頂いております。作曲は9月の中頃から始めたのですが、なかなかまとまらず、ようやく形になって譜面を清書してもらってみんなで稽古したのは歌舞伎座の千穐楽。時間にして10分くらいのものですが短いなりに形をつけるのに結構苦労しました。
出るのは上手のチョボ床で、「上下」を弾くときにはよくのぼっているところですが、あそこはもっぱら竹本さんの座り場所で滅多に長唄が座る事はありません。
あの高い所に二挺二枚で座り、御簾がするすると上がると目の前がストーンと無くなって下を覗くとかなりおっかないです。初めての経験なのでまぁとにかく度胸を据えてかからなくてはなりませんが、初日は結構ドキドキしちゃって大汗をかきました。
二つ目は芝居の大詰「高雄山神護寺石段の場」の幕切れに「送り三重」で登場。
「送り三重」の代表的なところというと「熊谷陣屋」の幕外で、これは皆さんご覧になった事があると思います。花道の附際に三味線が一人出て合引に足をかけて役者さんの動きを見ながらゆっくりした合方を弾きますが、今回は本花道を天王寺屋さんが、上手の花道を梅玉さんが引っ込むときに、上下一人ずつ出てこの「送り三重」を弾きまして、私は上手に出ます。一人で弾くのが基本の曲なので最初はどうなるかと思ったのですが、今日二日目でやっと何となく感じがつかめたような気がしました。これを二人で弾くというのは前代未聞でまず例がありません。客席から見るとどんな感じなのか、ご覧になった方のご感想を伺ってみたいです。
そういえば、もうじきカウントが「100000」になります。
「100000」カウント記念に何かオフ会みたいのをやろうかなと思っていたのですが、忙しくて無理そう。
ということで近況報告です。
10月20日
7月の事など
7月は松竹座で「寿曽我対面」の「対面三重」というのを初めて弾きました。
「対面三重」というのは五郎、十郎が花道から出てくるときに弾く一丁弾きの合方ですが、その解説を杵屋栄左衛門師の「歌舞伎音楽集成・江戸編」より写させて頂きます。
これは「寿曽我対面」で十郎五郎の兄弟が朝比奈に呼び出されて静々と花道へ出てくる所に使われている合方である。一座の立三味線が独り弾きする。
舞台では皆々が「アーリャ・コーリャ」と掛け声をかけ、三重が「ツーン、テテンテンテンテンテン」と極ると、別に「ハオー」と掛け声をかけて「上げ」の手になり、兄弟が入れ替わって極るのへ「シャン」と最後の止め撥を弾く。
三味線の音色の美しくなければならない事勿論だが、それ以上に位取りと意気合が肝要である。
と所々気の重くなるようなプレッシャーのかかる事が書かれています。
人間国宝の松島寿三郎師がこの「対面三重」を勤められた「寿曽我対面」に私は4公演くらいかな、ご一緒させて頂いてます。
間合いがたっぷりと大きく、何といってもお師匠さんの最後の掛け声が立派で「格好良いなぁ」と思って毎日聴いていました。その時に決まり所(この動きにこの撥が当たる)のようなものは自分なりに覚えていまして、その後、名題試験で「寿曽我対面」が出たときに地弾きに行くのにお師匠さんにお稽古して頂きましたが、本公演で自分で弾くのは初めてです。
附、総ざらいとお稽古の時に染五郎さんと要所要所合わせて頂いて舞台稽古になりましたが、幕が明いてびっくりしたのが松竹座の花道の長さ。合方の寸法は決まっていて動きに当たるところは決まっていますからノリを考えながら弾くんですが、最初のうちはなかなか上手くいきませんでした。自分なりにコツがつかめたかな、と思ったのは4日目か5日目。ほど良いノリで弾いて上手く合った時には本当にホッとしました。染五郎さんの五郎も力が漲っていて気持ちよかったです。
良い経験をさせて頂きました。
今月も残すところあと1週間を切りました。高いところで弾く大薩摩と唄浄瑠璃も日が経つうちに慣れてきてカッカせずに弾けるようになりました。最初の1週間はどうも三味線の手が心配で、毎日出る前に浚っていました。
自分で作ったものなのに迷うというのはおかしいと思われるかもしれませんが、最初に仕上げたものから稽古に入って寸法を短くしたりして、その都度つながりを考えて細かく手を直していました。自分で直しているのに最初に作った手が頭から離れず、本番で違う事を弾いてまわりをドキッとさせたなんて事がありました。
自分としては一番お終いの「送り三重」の方がイヤだなぁなんて思っていたのですが、これが意外にも冷静なんですね。合引を置いてもらって入れ替わりに舞台に出ていき、合引に足かけて三味線を構えると目の前の花道には梅玉さんが。下にはお客さんも大勢いらっしゃいます。考えただけでも卒倒しそうな状況ですが、これがどうも、自分でも落ち着いてやっているなぁと感じております。
あの合引を使って立って三味線を弾くという形ですが、あれ立っている左足がすごく疲れてブルブル震えるんです。何年か前に初めて大薩摩を弾いたときは、前の月から家で、甚だ行儀が悪いのですがお膳に足をかけて立って弾く練習をしていました。
今回はそんな長い時間ではないのであまり考えていなかったのですが、舞台稽古の時は久しぶりだったのでやっぱり震えてきました。それから毎日やるうちに慣れてきてそんなグラグラしなかったのがこの頃ちょっと左足が疲れてきたようで、最初に源次郎さんが弾いている間にブルブル震え出すようになってきました。三味線を弾き出せば大丈夫なんですけど、待っている間ってイヤですね。
今まで10年くらいの間「ザウルス」とか「パーム」といったPDAが好きで色々使ってきましたが、今年の夏にきれいさっぱりとやめました。「パーム」が下火になって魅力的な端末が無くなったというのもあり、外でインターネットなんてのもやらなくなりまして全部オークションで売ってしまいました。
という事で久しぶりに紙の手帳に戻ったわけですが、以前革製のバインダーの手帳に凝っていたときがあり、またそちらに興味が出てきました。バイブルサイズの様な分厚いのは重くて大変なので、今回久しぶりに買ったのは質の良い薄目の皮のしっかりした造りのカバーに簡単で見やすいリフィル。これが鞄の中で嵩張らずなかなか快適で手になじんできました。
銀座の伊東屋に行くと魅力的な筆記具がたくさん置いてあります。
「カランダッシュ」の「エクリドール・シェブロン」のシャーペン。細身ですがずっしり重く、シルバーのボディが格好良くて前から気になっていたのですが、買っちゃったんですね、これが。
その時そばに「趣味の文具箱」なんて本があってこれも一緒に買っちゃったんですがこれから新たな病が起こりまして、興味は一気に万年筆に向かいました。大学の時に卒論を書くのに万年筆は使いましたが、その後は一度もさわっていません。
で毎日伊東屋に通っていろいろ試し書きをさせてもらい結局購入してしまったのが、定番「ペリカン」の「スーベレーンM800」緑縞。

Pelikan SOUVERAN M800 (ほぼ実物大)
軸が太くてペン先も存在感があって何とも言えない書き心地。これで「モールスキン」のポケットサイズの手帳に毎日、日記書いています。「モールスキン」の手帳というのもしっかりした造りで紙が良くて書き心地が良いんです。9月1日から今までどうやら三日坊主にならず続いております。こうやってみると字を書くのって楽しいですね。しかし万年筆というのも、限定モノとかビンテージとかハマると危ない、奥の深い世界であります。
昨日「iPod」が急に壊れました。前の晩に急に再生が止まったりして、昨日朝、曲をアップデートしたらこれが途中でフリーズ。「iPod」本体のリセットをしても「?」マークが出て復帰できず。パワーブックに挿しても認識無し。挙げ句の果てに容量はしっかり「21G」使用となっているのにプレイリストがそっくり消えて曲数「0」。
結局「iPodソフトウェア」で出荷時状態に戻したら元通りに直りましたが、20G近く入っていた落語、音楽が全てパー。バックアップはとってありますのでそこからただ今プレイリストの作り直し中。元に戻すのは大変です