「籠釣瓶」の黒御簾(2)
前の浪宅の場が終わると、三幕目が明くまで「唄入り騒ぎ」でつなぎます。これは一名「吉原騒ぎ」といって吉原の廓に限り唄われたものだそうです。普通、回り舞台は舞台の裏表に一場づつ道具を作って廻していきますが、「籠釣瓶」の三幕目は短い時間で次から次へと場が変わりますので三方に道具を組みます。このため二幕目と三幕目の間は道具に時間がかかりますので、舞台内の雰囲気を持続するような意味合いもあるのでしょう。幕内でやっていますから、客席には唄や三味線はぼんやりとしか聞こえず、太鼓の音くらいしか通らないとおもいますが、舞台では賑やかで実にいい雰囲気です。この騒ぎの歌詞は都々逸(七、七、七、五)からとっています。
「送りましょうか、送られましょうか、せめてあの町の角までも」
「花が蝶々か、蝶々が花か、来てはちらちら、迷わせる」
「君は小鼓、調べの糸よ、締めつゆるめつ音を出す」
「丸い卵も切りようで四角、物は言い様で角が立つ」
この他にもいくつでも唄えるように、30個くらい用意しています。以前播磨屋さんが次郎左衛門の時に、替え唄を即席で作って唄ったことがありました。
「顔のあばたも霞んで見える、男播磨屋、伊達姿」
確かこんな歌詞だったと思いますが、唄い終わった後、播磨屋さんがニコニコしながら黒御簾に顔を出したりして面白かったです。
今月も中日くらいからやるようになってきまして
「花の吉原、闇の夜さえも、照らす大和屋、あで姿」
「顔のあばたも霞んで見える、粋な姿の中村屋」
と唄っていたところ、勘九郎さんが「どうもありがとう!」と黒御簾に声をかけてくださいました。
三幕目第一場 兵庫屋二階遣手部屋の場
この場は幕が明いて、遣り手と小僧のやり取り、次郎左衛門の出、九重の出入り、栄之丞の出入り、幕切れまですべて端唄の「夜桜」の唄入りまたは合方で通してしまいます。とにかく次から次から人物が登場して引っ込んでいきますので、出来るだけ音が途切れないように、曲を次のきっかけのぎりぎりの所まで弾いて、台詞一言でまた掛かるという、短い場ですが世話狂言の黒御簾の醍醐味が味わえる一瞬です。
「夜桜や、浮かれ烏がまいまいと、花の木陰に誰やらがいるわいな。とぼけしゃんすな芽吹き柳が風にもまれて、ふうわりふうわりと、おぉそおじゃいな、そおじゃいな」
この場の幕切れ「粋なお方は廊下とんびは(柝)いけませんよ」で「夜桜」の唄入りにかかり道具半廻しのところで終わって、次の唄にかかります。
第二場 同廻し部屋の場
道具が半分廻ったところから端唄の「桜見よとて」の唄入りになります。前の賑やかな曲からがらっと変わって、しっとりした曲になり、舞台には八つ橋と栄之丞が登場します。舞台が納まって、栄之丞が先程権八に吹き込まれた話を八つ橋に問いただします。
八つ橋「胸に聞けとは」で「深く沈みし」の合方にかかります。これは長唄「俄獅子」の三下りの部分で、これもまた静かなしっとりした合方です。この場の幕切れ「早く返事を(柝)聞かせてくりゃれ」で同じ合方にかかり、道具が廻ります。
第三場 同八つ橋部屋縁切りの場
道具が半分廻ったところで「獅子団乱旋(ししとらでん)」の唄入りにかかりますが、これは附帳には「所作切(しょさぎれ)」と書きます。
昔、吉原の引手茶屋では客の遊興の時に「お座附き」といって大小鼓、太鼓入りで長唄の一曲節を弾いたことがあり、その季節にちなんだ長唄の終曲の一節を必ず用いていたそうです。所作の終曲(段切れ)を使うので「所作切」と称しています。黒御簾の方では、揚屋、料亭などの場面できっぱりとした幕切れ、道具替わりに用います。
「獅子団乱旋の舞楽のみきん、牡丹の英(はなぶさ)におい満ち満ち、大巾利巾の獅子頭、打てや囃せや牡丹芳、牡丹芳、黄金の蘂(ずい)顕われて、花に戯れ枝にふしまろび、実にも上なき獅子王の勢い」
これは「石橋」ものに共通の歌詞で、ここで使っているのは現存の長唄の「石橋」ものでは最も古い「相生獅子」の「獅子団乱旋(ししとらでん)」で三下り。「相生獅子」は今年の2月に歌舞伎座で上演されましたね。
この場でも廻って来る舞台では、幇間が扇子と女中さんの前掛けを頭に付けて「髪洗い」の振りごとをやっていますし、初めて「籠釣瓶」のカゲを弾いたときに、うまく合っているものだなあと思いました。「封印切」にも全く同じ場面があります。
舞台が納まって柝が入り、幇間がころぶと「騒ぎ」の合方になります。附帳にはこの後の治六の出にきっかけがあって「唄入り騒ぎ」と別に書いてあるのですが、実際には「騒ぎ」を弾きながら治六の出の少し前からノッていって、そのまま唄入りにはいってしまいます。
「騒ぎ」というのはまあ弾いていて実に気持ちのよいものです。鳴物も太鼓、大小と賑やかに入り、弾いているうちに結構ノリが早くなって来るのですが、このちょっといいノリになった「騒ぎ」がいいんですね。この場も幕が明いてから治六の出まで、「騒ぎ」を途切らせることなく緩急自在のノリで弾いていくというのが、実際に弾いていて実に面白いです。
座敷で一騒ぎ終わって、次郎左衛門の「治六みっともねぇ、だまっていねえか」で八つ橋の出、「風薫る」の唄入りになります。これは長唄「傾城」の一節。
「風薫る、袂も軽き夏衣、ほすちょう色と疑うた、岸の卯の花咲くにつけ、初音待たるる時鳥」
これまでの八つ橋の出の曲は派手で賑やかなものでしたが、この場ではこれから起こるであろう事を暗示してか、しっとりとした、ちょっと哀しげな曲で登場します。
いつもと違う様子の花魁の口から出た「主と顔を合わすのが実にいやでなりんせんもの」で「ひなぶり」の合方にかかり、これには胡弓がはいります。この芝居の一番の山場であると共に、黒御簾でも一番神経を使うところです。
これは元は地唄「恋の重荷」で、江戸でも古くから端唄や歌沢に取り入れられています。哀調のある胡弓を入れて、縁切りの場には必ず出てくる合方です。「御所五郎蔵」「伊勢音頭」の縁切りもこの曲です。
演奏としては、科白を聞きながらゆっくりと弾きますので定間の拍子にはなりません。この仕事に入って間も無いころは、舞台師さん(黒御簾の立三味線)が一体何を目安にして弾いているのかが全然わからず、よく先に飛び出したりバラついたりよくおこられましたが、回数を重ねて科白のテンポ、運びがわかってくると、ねらい所(この科白を待ってチンと弾く、というようなこと)がわかってきて、今ではそれほど苦労しなくなりました。時間的にも足は痛いし辛抱どころですが、とてもやりがいのあるところです。
このあと治六の「もし八つ橋どん、そりゃこんた済みますめぇがな」で弾き出しを変えて早間で弾き、八つ橋に食ってかかる治六を次郎左衛門が止めて、「花魁、そりゃあんまりそでなかろう」でまたゆっくり弾き出します。この合方の途中で栄之丞と権八が廊下に出てきて座敷の中の様子を窺います。
このあと栄之丞と目が合い、間夫ゆえの愛想尽かしと気がつき、身請けをあきらめ、がっくりする次郎左衛門の前を八つ橋が通り過ぎて廊下に出ます。朋輩の九重が止めますが、それを振り切って障子を閉め柱に手を添えるのが独吟の掛かり。
「なおも、ふかめに松の緑か、かむろの名ある」
これは長唄「松の緑」の一節。
次郎左衛門にすまないという気持ちで立ち去りかねている八つ橋が、自らを振り切るように廊下を去っていきます。思い入れの深い場面に附いている独吟ですから、ここも大変に神経を使うところです。
独吟の時の三味線は二梃で弾きます。私は芝居に入って3、4年目くらいに初めて「籠釣瓶」のカゲをやらせていただいたのですが、その時の八つ橋は大成駒で、独吟は人間国宝の故芳村五郎治師、舞台師は人間国宝の松島寿三郎師が勤めていらっしゃいました。その時にこの独吟のツレをどういう訳か二日ほど一緒に弾かせていただいたことがありましたが、(よっぽど人がいなかったのですね)すぐそこに大成駒がいると思うと、すごいプレッシャーでほとんど撥が当たりませんでした。先輩方も「あの独吟はいやだね」と言われるくらいで、この「なおも」は数ある黒御簾の独吟の中でも、とても重いものとされてます。
八つ橋が入ってしまうと、仲間が大勢連れて座敷を変えて飲み直そうと、治六を振り切って出ていきますが、この入りは「唄入り騒ぎ」です。
四人だけ残った座敷で治六の科白「いまいましいこんだなあ」で「梅が主」の合方にかかりますが、これは黒御簾音楽に取り入れられた端唄のベスト5に入る名曲です。
この曲が使われている一番有名な場面というと、「大川端」でお嬢吉三が百両奪って、棒ぐいに足をかけた見得へ本釣を打ち込んでこの合方にかかり「月も朧に白魚の、かがりも霞む春の月」の名セリフになるところです。しかし「大川端」と「籠釣瓶」のこの場のとでは弾き方がかなり違いますので、同じ曲でもだいぶ趣が変わって聞こえます。
このあと時の鐘(ごん)が静まり返った舞台に響きます。これも科白や仕草にすべて当たっていまして決まったところで打ちます。
幕切れ、次郎左衛門の「ひとまず国へ(柝)帰るとしましょう」で時の鐘が入り「新内前弾き」にかかります。「新内前弾き」は文字通り、新内の前弾きを流用したもので、世話狂言の幕切れなどに上下(オクターブ)で弾きます。科白や仕草を見ながら弾きますので緩急のむずかしい合方です。
源氏店の名セリフ「しがねえ恋の情けが仇」の後ろで「新内流し」を弾きますが、これは下町、廓、粋な色街などの夜更けに、外を歩いている新内の流しが聞こえてくるのを表しているものです。この場の幕切れもそんな廓の夜更けの雰囲気がよく現れています。
この幕切れをよく聞いていると「コン」という音が聞こえてくると思いますが、これは「盤木(ばんぎ)」といって、厚い木の板を下げて撞木で打つもので、その昔は火事、地震、一揆などの急変を知らせるときに早鐘、半鐘などと同じように乱打したものだそうです。これはお囃子さんの仕事ではなく、次郎左衛門を演じている役者さんのお弟子さんが打つことになっています。
大詰 立花屋二階の場
さあ大詰、舞台は前場の縁切りから三ヶ月たった年の暮れです。
幕明きから八つ橋の出の前までは、長唄「二人椀久」の踊り地を使っています。唄の順は原曲とは前後していまして、下のように唄い、唄と唄の間のタマは弾きません。
「朝の六つから日の暮るるまで、お江戸町中見物様の、馴染情けのご贔屓強く」
幕明き(朝の六つから)、次郎左衛門、おきつの出(朝の六つから)、遣り手その他の出(お江戸町中)、幇間ほか大勢の出(馴染情けの)、の順で唄っています。
廓の人々と久しぶりの対面をしているところに、階下で「花魁、おあぶのうございます」と声が聞こえると八つ橋の出になります。
「流れの里に昨日まで、はて勿体つけたえ」
これも長唄「二人椀久」の一節で、舞踊では松山が登場した後の唄の部分です。次郎左衛門に顔向けできないようなことをしてしまった八つ橋が憂いの態で登場しますが、曲調、雰囲気とても合っています。
次郎左衛門が八つ橋と内証の話がしたいというので大勢が入りますが、これはまた「朝の六つから」の唄入りになります。大勢が大騒ぎで入ってしまうと、舞台はしんと静まります。
次郎左衛門「八つ橋、ちょっとはしごを見てくりゃれ」
八つ橋 「アイ」
これで「嘘と誠」の合方にかかります。これも端唄で、前の場に出てきた「梅が主」とならぶ名曲です。この曲でまず思い浮かぶ名場面は、「髪結新三」の永代橋の場。新三が忠七を傘で叩き伏せて「これ、よく聞けよ」、ツルロンとこの合方にかかり「普段は帳場を廻りの髪結い、いわば得意のことだから、うぬのような間抜け野郎にも‥‥」の科白になるところでしょう。
弾き方によっていろいろな表情を見せる合方で、この場では次郎左衛門が八つ橋に盃をさす静かなやりとりの中に、次第に緊張感が増していきます。
「八つ橋、よくも先頃次郎左衛門に、おのれは恥をかかせたな」
次郎左衛門の鬼気迫る態度に逃げ出す八つ橋、その裾を押さえる次郎左衛門。両人の見得で、胡弓入り「忍ぶ恋路」の合方にかかります。これは端唄で、色模様などしっとりした場面で独吟で使われることがありますが、ここでは早ノリで弾き、胡弓が入って緊迫感を出しています。
幕切れ、「籠釣瓶は、よく切れるなあ」で本釣がコーンと入り「木の葉」合方にかかります。これは長唄「筑摩川」の一節で、時代物の凄みの場での静かな動き、だんまり模様、幕切れに使います。「伊勢音頭」の二見ヶ浦の場、「慶安太平記」で丸橋忠弥が堀に石を投げて水の音を聞くところなどでも使われています。
駆け足で序幕から大詰までご紹介しましたが、ご観劇の折り参考となれば幸いです。