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「廓三番叟」について
今月の歌舞伎座、昼の部の序幕に「廓三番叟」が出ていますが、これは長唄の演奏会などではまず演奏されません。歌舞伎の舞台でしか聴くことが出来ない曲ですので、ここに歌詞をご紹介します。
廓三番叟 四世 杵屋六三郎作曲(文政九年正月)
とうとうたらり、たらりらたらりあがり、ららりどう。
千早振袖禿まで、其の通う神昔より、久しかれとぞ願う、そよやいちやどんどとや、名ある末社に愛想の、凡そ千年の鶴は仕着せの縫にとどめたり、また萬代の池の亀は床に三盃の高蒔絵、みな滝飲みはれいれいとして、夜のつき合い鮮やかに浮かれたり、明日の日の居続けに潤す、天とたまらぬ、ここぞ安心に君を命と痴話やする、一指しさそう、満座の中
おおさえおさえ喜びありや、我この盃を外へはやらじと、面白や
向こうの人に思いざし、嬉し顔なる鼠鳴き、酔うたふりして袖の梅、春を告げ鳥微笑む声に、笑い上戸やそりゃ花魁と、おどされて、おおこわや、つい引けすぎの船漕ぐうちに、後朝(きぬぎぬ)告げるからす飛び
あら物に心得たる、あとの大夫さんに、そっと忍んで申そうよ、ちょうど寝入ってさ、もしこのお文、あとと仰せ候ほどに、と読みかけて、今宵は首尾を待つぞえ、仰せのごとくこの情をたてるは、何より安けれど、まず大夫さんのあの元へ、さぁ便り聞いたら、そののち座敷へ行くわいな、いやいやお出ではのうては参るまじ、只一走り拝むぞえ、まああの方へ、ああらようがましや、内所の鈴の鳴るまえに、こなたこそ
来るか来るかと待つ辻占に、土手の四つ手の声ゆかしくも、櫺子(れんじ)まで出て呼子鳥、たつきも知らぬ憎らしさ、あれ心なの月の冴え、浮いて寝られぬ船底枕、いっそ浮世じゃないかいな、思いぐさ
あら現なの戯れごと、賑う家の敷き初めに、月雪花の三つ蒲団、廓の豊かぞ祝しける
作詞者は不明ですが、「翁千歳三番叟」の本行式の文句を地口式にもじって、廓気分、洒落っ気、頽廃気分満点の唄になっています。作曲者の四世六三郎は「勧進帳」「近江のお兼」「松の緑」などの作曲で有名ですが、この曲は作曲者自身が吉原に耽溺している最中に作ったと言われていて、当時の吉原情緒が充分味わえます。
私が初めて「廓三番叟」を弾いたのは昭和64年1月の歌舞伎座でした。歌右衛門丈が傾城を勤められて、立唄は人間国宝の故芳村五郎治師、実に古風な雰囲気の舞台だった印象があります。
この月の7日に昭和天皇が崩御されまして、「今日は芝居をやるのかな」なんて皆で話していたのですが、歌舞伎座は普段通り公演を行いました。歌舞音曲は自粛というような雰囲気なのに、やっているものがおめでたい「三番叟」もので、さすがに段切れの「廓の豊かぞ祝しける」というのは憚られるというので、この日だけ「廓の豊かぞ唄いける」と歌詞を替えて上演しました。芝居が終わって外に出ると、何だかあたりは真っ暗、崩御ということでネオンなどを自粛したのでしょう。あとにも先にもあんな真っ暗な銀座は見たことがありません。
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