歌舞伎音楽講座 (1)
私たち歌舞伎の座付きの長唄が舞台で演奏する音楽は、大きく分けて所作音楽と黒御簾音楽になります。
◎所作音楽
「勧進帳」「道成寺」「藤娘」など、私たちが山台に並んで演奏する舞踊曲のことです。このような舞台に出て演奏をするものを「出囃子(でばやし)」と呼んでいます。
「来月の出囃子は相生獅子と業平と喜撰です」というような言い方をします。
◎黒御簾音楽
歌舞伎の舞台、向かって左(下手)に黒く塗られた壁に格子が切ってあり、中に簾のかかっている部屋がありますがこの部屋を「黒御簾(くろみす)」といいます。
この「黒御簾」の中で芝居の進行中、役者のせりふのあしらい、登場人物の出入りなど舞台演技の効果を上げるために唄、三味線、鳴物を演奏する音楽を「黒御簾(くろみす)音楽」といい私たちはこれを「カゲ」と呼んでいます。
「今月は石切梶原と河内山にカゲの用事があります」と言います。
歌舞伎の書籍には「下座音楽」という言葉がよく出てきますが、元来「下座」という言葉は寄席のお囃子の呼び方で、歌舞伎の楽屋内では「下座」という言葉は使いません。
現在歌舞伎の座付き(専属)の長唄には私の所属している「鳥羽屋里長社中」と「菊五郎劇団音楽部」とがあり、この二つのグループで毎月の芝居の「出囃子」と「カゲ」を受け持ちます。
「鳥羽屋里長社中」と「菊五郎劇団音楽部」ではそれぞれ役者さんの受け持ちがあります。分かりやすく言えば「菊五郎劇団音楽部」が担当するのは「菊五郎劇団」の役者さん、その他の役者さんは「鳥羽屋里長社中」の担当ということになりますが、「出囃子」については例外もあり役者さんの希望で座付以外の別な社中が一ヶ月間来て演奏することもあります。
いろいろな歌舞伎の解説書の音楽の項を見るとたいてい「下座音楽」ということばで紹介されています。
この「下座」という言葉ですが、これは昔の芝居小屋の黒御簾(くろみす)の位置がもともと上手にあったものが劇場構造の変化(花道が出来た)、それに伴う演技の変化で下手に移されたことから生まれたもので、舞台上の一つの場所を示す言葉です。
その「下座」で演奏する音楽なので「下座音楽」なわけですが、昔の鳴物三絃附帳(音楽のきっかけ帳)の表紙に「外座附」と書かれたものがありまして古くは「外座」と書かれていたようです。
この「外座」という言葉の由来ですが、文化文政の頃、三味線や囃子に旗本の次男坊、御家人等、武士が入ってきたため別に部屋を設けて「外座」と称した、又は舞台上から見て俳優の演技する以外の場所で演奏するので「外座」という、といった説があります。武士が関わっていたため、昔の囃子部屋には必ず刀掛けがあったそうで、うちの大先輩の方も大正から戦前の頃には楽屋に刀掛けがあったとおっしゃってました。
「下座」という言葉、由来としては古くて諸説あるのに今の歌舞伎の幕内では使われていません。
黒御簾、黒御簾音楽というのが一般的になっています。この黒御簾音楽を演奏するのは古来より長唄の唄、三味線そして囃子の人に限られていて清元とか常磐津などほかの邦楽の人は演奏しないことになっています。
これは長唄が歌舞伎と共に生まれ育ってきたということと、歌舞伎三百年の歴史の中で長唄、囃子が座付きの音楽だったという必然的な理由があります。
そして音楽の性格も
◎他の浄瑠璃系の邦楽と違い唄い物で筋を通していない断片的な曲節が多い。
黒御簾音楽は台詞のバックに流れたり、俳優の動きを助けたりするのが目的ですから浄瑠璃の様に筋を語ってしまっては用をなしません。
◎三味線の糸も細く応用が利くこと。
黒御簾では長唄を含め邦楽のあらゆる分野の曲を演奏しなくてはなりません。
以上のようなことが上げられます。